
久しぶりにRADWIMPSを聴いた。山田。
どうも、てぃらのです。
普段は会社員をしています。
平日はExcelとにらめっこし、帰宅後は2歳児のイヤイヤ期と延長戦をしています。
「お風呂イヤ」
「歯磨きイヤ」
「寝るのイヤ」
全部イヤ。
もはや労働組合である。
要求が多い。交渉が長い。最終的に床に転がる。
こちらも床に転がりたい。
最近になってようやく分かったことがある。
それは、洗濯物を畳んでいる最中に青春を再生してはいけないということだ。
危ない。
非常に危ない。
心が過去に持っていかれる。
身体はタオルを畳んでいるのに、魂だけ中学時代のカラオケボックスに行ってしまう。
もう二度と戻れないあの部屋。
ドリンクバーのメロンソーダ。
謎に濃いカルピス。
誰かが入れたBUMP。
誰かが入れたRAD。
誰かが入れた湘南乃風。
あの頃の俺たちは、選曲だけで人格を表明していた気がする。
今はどうだ。
毎日、Googleカレンダーとにらめっこしている。
予定の色分けで人生が可視化されてしまう世界になってしまった。
さて、さて、本題入ろうか。
久しぶりにRADWIMPSを聴いた。
ジェニファー山田さん。
山田。
ジェニファーなのに山田。
国際結婚か。
戸籍どうなってんねん。
聴いた。
あかん。
激アツ。
聴いたあとから、山田が頭の中に住み始めた。
家賃を払ってほしい。
こっちは明日の用意をしないといけないのに、脳内の山田がずっと軽トラで走り回っている。
しかも荷台の荷物が固定されていない。
愛と平和と下ネタがガタガタ鳴っている。
静かにしてくれ。
子どもが起きる。
嘘です。
普通に曲が強いだけです。
俺はたまに、昔聴いていた曲を急に掘り返すことがある。
別に何かあったわけではない。
仕事でメンタルが終わったとか、人生の岐路に立っているとか、そういう立派な理由はない。
ただスマホを触っていたら、ふと出てくる。
昔の曲。
こっちは明日の用意もしないといけない。
洗濯物も畳まないといけない。
子どもの準備もある。
今はタオルを畳む時間や。
でも、押してしまう。
再生。
終わりやわ。
こっちの負けや。
YouTubeの最適化は、人間のエモを刺激しすぎる。
ドパオジ、いっちょうあがり。
ドーパミンに支配されたおじさん。
終わっている。
今は便利な時代になったもんだよな。
昔はCDを棚から引っ張り出し、MDに録音し、タイトル入力で親指を酷使し、「ジェ」と打つだけで人生の3分くらいを失っていたんだぜ。
しかも曲名タイトル入力は、だいたい途中で諦めていた。
「RADWIMPS」まで入れたところで力尽きて、曲名は「track03」って。
青春は管理が雑すぎるぞ。
でも、あれでよかった気はする。
俺たちの青春は、いつも少しだけふわっとしていた。
曲名も、進路も、自分の気持ちも、だいたい全部ふわっとしていた。
今は検索窓に数文字入れれば出てくる。
青春がサブスクで月額980円。
安い。
俺のあの頃の情緒、もっと高く売ってくれや。
今の大人の俺が聴くと、山田の表現はかなり荒い。
「いや、ちょっと待て」と思う部分もある。
大人になると、すぐ「ちょっと待て」と言うようになる。
ちょっと待って。
確認して。
関係各所に共有して。
いったん持ち帰る。
何も始まらないでしょうが!!!!!!
青春も、大人も、何か始まりそうで何も始まらない。
そういうものだと思っていた。
俺は何も分かっていなかった。
政治も、社会も、愛も、労働も、税金も、保険料も、年末調整も、何も分かっていなかった。
年末調整に至っては今も分かっていない。
毎年なんとなく書いている。
あれは大人に配られる謎解きプリントだと思うようにして、毎年乗り切っている。
答え合わせがないのが怖い。
昔の俺は、何も分かっていないくせに、何かを変えたいとは思っていた。
この「分かってないのに、変えたい」という状態。
これが青春のいちばん恥ずかしくて、いちばん尊いところだと今は思う。
大人になると、分かることが増える。
手続きが分かる。
根回しが分かる。
言い方が分かる。
相手の立場が分かる。
予算が分かる。
稟議が分かる。
そして、分かれば分かるほど、動けなくなる。
「それは現実的じゃない」
「費用対効果が見えない」
「関係者調整が必要」
「一旦持ち帰ります」
この「一旦持ち帰ります」という言葉。
日本社会における究極の冷凍保存技術だということは、早めに知っておいて損はない。
持ち帰られたものの多くは、解凍されないまま業務用冷凍庫の奥で霜をかぶる。
たぶん、どこの会社にもあるんじゃないか。
霜だらけの「一旦持ち帰ります」が。
どれだけ愛と平和と優しさを集めたところで、現実には請求書も来る。
上司は謎のタイミングで会議を入れる。
洗濯物は乾かない。
子どもは寝ない。
米はすぐなくなる。
冷蔵庫の奥から、いつのものか分からない小鉢が出てくる。
世界平和の前に、まずこの小鉢をどうにかしろ。
ほんまに。
なぜ人は小鉢にラップをかけた瞬間、その存在を忘れるのか。
人類は火を発見した。
車輪を発明した。
インターネットを作った。
AIまで作った。
でも、冷蔵庫の奥の小鉢にはまだ勝てていない。
この事実はもっと重く受け止めるべきである。
何を話してたんだっけ?
あぁ、山田か。
この曲は、世界に対する悪口の形をしたラブレターなのだと思う。
世界、ほんまお前どうなってんねん。
でも、まだ見捨てたくないねん。
そういう曲だと俺は思っている。
若い頃は、ただ熱い曲だと思っていた。
今は、その熱さの奥にある「諦めたくなさ」が見える気がする。
怒りだけじゃない。
絶望だけでもない。
まだ何か変えられるかもしれない。
まだ笑えるかもしれない。
まだ誰かのために生きられるかもしれない。
そういう、青くて、雑で、恥ずかしくて、でも捨てたら終わりそうなものが、この曲には入っている。
今の俺から、昔の俺に伝えたい。
お前な、世界はそんな簡単には変わらんぞ。
Excelのセル結合ひとつ解除するだけでも揉めるんやぞ。
世界なんかもっと大変やぞ。
でも、昔の俺はたぶんこう返す。
知るか。
今なにかすりゃ、変わるかもしれんやんけ。
負けた。
これは負けだな。
大人になるというのは、青春を卒業することでも、昔の自分を黙らせることでもないのかもしれない。
あの頃の雑で、青くて、恥ずかしい熱を、どうにか今の生活の中に再配置することなのかもしれない。
世界を変える前に、まず明日の仕事がある。
愛を語る前に、洗濯物を畳まなければならない。
平和を願う前に、冷蔵庫の賞味期限を確認しなければならない。
それでも、心のどこかに一部屋くらいは空けておきたい。
誰かのための部屋を。
昔の俺が、勝手に入ってくる部屋を。
え?
なりチャ時代の話?
インターネット老人会の黒歴史である。
名前も顔も知らない誰かと、掲示板でキャラになりきって会話していた時代。
思い出すだけで、背中がかゆい。
お調べしましたところ、生憎その部屋は空いていない様子ですので、お引き取り願えますか?
過去の自分に殺されそうになる時もある。
正直、今の俺は世界を変えるとか言えるほど元気じゃない。
明日の用意すらできていない。
なんなら今も何も手につかない。
でも、久しぶりにこの曲を聴いて思った。
まだ終わってないんだと思う。
世界は相変わらず面倒くさいし、
大人は相変わらず持ち帰るし、
仕事は相変わらず減らないし、
人生は思ったより代わり映えしない。
それでも、子どもが寝たあと、洗濯物を畳みながらでも、まだ何か始められる気がしたらいい。
明日の用意をしないといけないが、何も手につかない。
とりあえず、シャリラリラリラ。