
砂(創作大賞2026エッセイ部門応募作品)
息子の運動会があった。
雨が降りそうで降らない曇り空の下、静かにそよぐ風に、小学校のグラウンドは包まれていた。
たまたま適当に突っ立っていたわたしを見つけて、同じ保育園だった子たちのお母さんが集まってくる。水泳の道具をそろえたか記名したかで盛り上がるうちに、開会式が始まり、我が子ら一年生の競技からスタートした。
……なんだろう。叱らない育児だとか、すぐクレームを入れる保護者への配慮だとか、誰もが一等賞だとか、優しく自由で温かな世界と言ってしまえばいいのだろうけれども。
集団生活できっちり先生の指示に従い、キビキビそろった行動を取ることに対して「ロボットみたい」「軍隊式」という意見もあるのはわかる。でもある程度には規律に沿って、号令に合わせた動きができたほうがいいんじゃないかと感じた。
我が家はわりに叱ったり注意したりと口うるさい方だと思う。
息子が小学校で新しくできた友達とはめを外す場面に、何度かすでに遭遇してきた。そのたびにわたしは注意をするし、あまりにひどければ大声だって出す。息子の他にもわたしの声に動きを止めて、冷静に戻ってくれる子も多い。
が、中にはとても興味深そうに目を輝かせ「ねえ、それ怒ってるってやつ?」と聞いてきたり、ただただぽかんと固まったりする子もいる。大人が怒ることを珍しがっているような、怒りの感情を理解していないような、こっちがかえって面食らう反応だ。
でも危ないことはしてほしくないし、せっかく仲良くなったなら、お互いよい関係性を築いてほしい。「そうだよ、怒ってるよ」と伝えたあとは、通常のトーンで会話を交わす。
いまどきよその大人に叱られることもなかなかない。いまのところは他の保護者からクレームを言われることはないし、面識のある保護者同士では自然と「なにかありましたらそちらの家庭のルールでご指導していただいてかまいません」と話題に上がる。言うほど「叱らない育児」は気にしていない家庭の方が多いんじゃないかという印象だ。
あっさりと個人種目が終わったあと、次の一年生の出番まで二時間ちょっとある。
たまたまひとりっ子の母ばかりのグループだったため、観覧席の最前列から一旦抜けた。花壇の隅で算数の宿題がどうとか学童のおやつがなんだとか、好き放題に話す。応援団不在で控え目な音色のホイッスル、放送委員もプログラムを読み上げるのみの運動会は、そういえば砂ぼこりを気にすることなく口を開いて話せた。
全学年の個人種目が終わり、団体種目の時間となった。
「うちらの組は、グラウンドのこっち側ってこと?」
同じクラスの母同士、学年通信に書かれた並び位置とグラウンドとを照らし合わせる。おずおずと観覧席に戻り、それとなく前へ前へとにじり寄る。
一年生のテントの下で体育座りやらあぐらやら、思い思いに座っていた子供たちが、先生の号令に立ち上がる。平成初期生まれとしては、わたしの小学校のあの先生が見たら、怒鳴ってやり直しさせるような、まばらな立ち上がりだった。なぜか号令と共に寝転がる子もいた。
「うわ、お尻」
一緒にいた母のひとりが呟く。
グラウンドの砂に体操服で座っていたから仕方がない。紺色の体操ズボンは、みなお尻の形に砂で真っ白だ。
「帰りはあれでジュニアシートに座るのか」
また別のひとりが声をこわばらせた。わたしはかろうじて笑ってみたが、声はひどく乾いていた。
一年生たちは入場門へと並んで駆けて、横何列かだかで並び直すよう指示を受けている。
前の三列くらいは先生の指示もよく通り、きれいな列を成していた。
後ろに行くほど列はぶよぶよに広がり、恐らく息子がいるであろう最後の四列ほどははしゃぎ回っているのが見える。先生たちも声を張り上げたり後ろまで行ったりして列を整えるも、運動会の雰囲気に慣れてハイになっているのか、並ぶ素振りすら見せない子もいる。
「お願いだから並んでくださいよ!」
学年主任の先生が、マイクを使って声をとがらせた。それでも最後の二列はきれいにならないまま、曲に合わせて入場が始まる。
一年生の担任の先生たちは、見るからにベテランの雰囲気をまとう人材で固められている。高学年に兄弟がいるお母さんからは「今年の一年生はやけにガチガチに先生固めてきたねって感じ」とも聞いた。息子の担任の先生も、わたしの親と同じくらいか少し年上じゃないだろうか。となれば恐らく、わたしの小学生時代にはすでに教師として働いていただろう。息子と違うクラスの先生方もそうだ。二十年ちょっと前にはホイッスルのピッピッに合わせて足をザッザッと動かし駆けること、ピーーーッピッピッピッに合わせて止まることを、学年全員がそろってできるまで何度も何度も何度も何度も練習させたのではないか。
運動会という行事が、何年前からこの自由な雰囲気に切り替わったのかわたしは知らない。知らないから見ていてヒヤヒヤするのかもしれない。
かつてあれだけ、一人ひとりを舐め回すように見つめて指先ひとつにまで学年全員に聞かせる大声で指導をしてきた先生たちは、もうこの自由な運動会に慣れたのだろうか。
とにかく晒し者にされたくなくて、規律さえ守れば波風は立たなくて、言われた通りに従えばことは済む。運動は苦手を通り越してものすごく嫌いだったしできなかったけれど、大人の言うことに疑問を感じない子供だったから、わたしは運動会の練習が苦痛ではなかった。先生たちはいくら怒鳴ろうが、厳しくしつこくできるまでやらせようが、できたら特大の褒め言葉や拍手をくれたからだ。それも笑顔で。ときには涙しながら。
ベテラン教師陣が悲痛にお願いしてなお並ばない子供たちの方が、わたしは怖い。
お願いする形できみたちに並んでほしがっている先生たちは、本当はあんなに小さくないんだよと言いたい。息子が大好きな担任の先生も、令和でなく平成に出会っていたら、きっと違う顔を見せていただろう。大好きな形で先生に出会えてよかったね、でも本当にいざと言うときにはかつての顔が現れるかもね。そのとき息子は、クラスメイトたちは先生をどう評するのだろう。その顔も愛情ゆえと理解するだろうか。
きみたちのお尻を汚した楽しい思い出の砂は、母親たちの洗濯の手間でもある砂、でもはつらつと活動する勲章であり、誇らしい砂。
勉強はできてもできなくてもどっちでもいい。
波風立てずに過ごせたらいいけれど、すっかりやんちゃになった男子には難しいかもしれない。
でもせめて友達から、いやクラスから、というより社会から舞い上がったあとで取りこぼされてしまわないように、そつなく規律を守ってはほしいと願う。多少は咳き込ませるけれど、太陽の光を受けて、どうかきらきら光れる砂となれ。