メインコンテンツへスキップ
見出し画像

「知的障害」を40代で初めて自覚して、心底ほっとした私が伝えたいこと

私は、いわゆる「アラフィフ」と呼ばれる世代です。

私たちの世代は、子どもの頃に受けた教育が今とはまるで違っていました。

私自身も、小学校から通常学級に通い、特に中学ではひどい虐めに遭っていましたが、親は不登校になる、学校へ行かない、と言う選択を「断固」と言っていいくらい、許してはくれませんでした。💦

学校に行き続けたおかげで会えた人たちもいるので、一方的に親を怨むことは出来ませんが、それでもあの頃に味わった苦しさは‥生涯、忘れることはないでしょう。

成人して社会に出てからもその苦しさは続きました。😓

最初に入った企業では連日のパワハラを受けて半年足らずで退職、そのタイミングで大学の恩師ともすれ違いが生じ、精神疾患を発症してしまいました。

その後も、今に至るまで、少なくとも「正社員」としては働けていません。

結論から言えば私は、「正体不明の生きづらさを持って、周囲から浮いた状態でずっと生きてきて、苦しんできた」わけです。

20代の時に、当時住んでいた八王子での生活が、メンタル疾患の再発で立ちゆかなくなった時に、専門家の身内から「おそらく発達障害だ」と宣告されました。

当時、私は知的障害者福祉の仕事をしていたので、この時は本当にショックでした。

そこから数年が経つと、自分の中で障害受容が出来てきて、「それなりに出来ることをして生きていこう」と思えるようになりました。

しかし、ずっと生きづらさは続いています。

今後の発信でも度々、触れることになると思いますが、私は、会話は正常に近いくらい成立するし、好きな歴史などには、障害者特有のものもあると思いますが、極めて詳しい面もあるため、「頭がいい人」扱いをされることもあります。(自慢じゃないですが)

しかし、実は私にとってこれが一番、イヤなのです💦

私自身、子どもの頃から「お前が学校来るとクラスの平均点が落ちる、学校に来るな」とか、すごくイヤことを言われてきたという背景もありますが、それだけ生きづらくて、学校時代は勉強も出来ない上、ほとんど友達も出来ずにずっと馬鹿にされ続けて、大人になってからは多くの挫折によって「平均点の人」に今も憧れている、そんな自分を、「頭のいい人」なんて軽々しく言わないで欲しい。そういう想いは長年、持ち続けています。

そんなことでいまでも感情がしばしば、不安定になる日々ですが、先日、自分の「今まで気づいていなかった真実」を知る出来事がありました。

障害年金更新の診断書を確認した時、目に留まった箇所。

「軽度知的障害該当」

ちなみに15年くらい前に出ていた診断ですが、今まで、その時その時の自分のことで一杯いっぱい過ぎて、見落としていた「事実」でした。

私自身はと言うと、20代で「おそらく発達障害」と言われた時と違い、今回はかなり前向きな気持ちになっています。✨

その間に、私なりにそれなりの人生経験をして、「自分自身の障害」と向き合う覚悟を決めた、ということもありますが、何より

「子どもの頃からのあの生きづらさは、こういう背景もあったのだな・・」と、腑に落ちたというのか、「あの生きづらさの正体が分かった・・」と、ほっとした、40代後半になってようやく・・という想いです。😌

これから、「知的障害」を自覚したところで、さらに前向きに進んでいきたい、と思っています。

多くの発信をしていきます。

そして、知的障害に限らず、世の中、障害を持たれた本人はもちろん、ご家族の方も、その人や家族に「~~障害」と言うものが見つかると、悲観的に感じる人が多いと本当に感じます。

しかし、私も調子が落ちると「平均的な人は羨ましいなあ、この日本社会で生きやすそうで・・」という心境になりますが、「~~障害」と言われている人たちも、例えば自閉症の人は「こだわり」を活かせば物凄いものを創造することもありますし、今の日本経済を牛耳っている人たちは大体、「尖った部分のある人たち」です。

皆さんにここから伝えたいことがあります。

 
 
静岡育ちで東北にも縁が深く、今は神奈川県湘南地方に在住しています。文章書くことが好きで、自己表現する場をと思い、思い切って登録しました。これから世の中に対して思うことなど発信していきたいです。

あなたへのおすすめ