
【体験談】天狗だった私が、全てを失って変わった日
こんにちは。Rifaです。
今回は私を変えた出来事について話したいと思います。
私は幼いころからバスケットボールが好きでずっとバスケットボールをしていたそんな少年でした。
そのまま月日が経ち順調に高校生になりました。順調といってもこれといった物はない高校生です。学力も下から数えたほうが早い。名前を書けば受かるような高校に進学しもちろん部活はバスケットボール部に入部しました。
そして高校2年生になりキャプテンに任命してもらうことになりました。
その当時私は恥ずかしことにとても天狗になっていました。
「私がキャプテンなのは当たり前」
「私は誰よりもうまい」
「練習なんてしなくても笑」
良くいえば自信に満ち溢れてる。悪く言えば自分を信じすぎている。
私は紛れもなく後者でした。小さい鳥籠の中で羽も小さい飛ぶ方法も知らないくせに鼻だけは長いそんな天狗でした。
時間もたたないうちにこの事実を当時の私はわからされることになります。
キャプテンになり初の公式戦。家族、先輩、後輩が応援しに来てくれて
私はテンションも上がり最大限の力をだせるそんな状況でした。
ですがふたを開けると結果はオブラートに包んでもボロ負けという現実でした。
原因なら明白。
オフェンスでもディフェンスでも貢献ができなかった1人。
数字に表すと0。得点、リバウンド、スティール。
チームを敗北へ導いた根源は、私だった。
大切な人たちが見に来ている状況で恥ずかしいなど考えてる余裕などなく私は大泣きした。
どん底に落とされて哀れだと自分を責める思い
なんでちゃんと練習しなかったかと自分を責める思い
見に来てくれた人に申し訳ないと自分を責める思い
いろんな思いがまじりあって涙が止まらなかった。
その中でも最も強く残ったのは”悔しい”という感情だった。
それから私はとにかく練習をし、朝から晩までバスケットボールのことだけ考え、夢の中でもバスケをするそんな生活をしていた。
朝練をし、昼休みはご飯を3分〜5分で食べて練習。
曜日ごとで体育館を使える部活が決まっているのだが、頭を下げ、コート半面だけ使わせてもらい練習。
学校が終わり放課後も地元の体育館を借りて練習。
祝日の日午後練でも午前中に来て練習など。
自分にできることは片っ端からやる、そんな日常を送っていた。
そしてキャプテンになり2回目の公式戦。
とても緊張していた。ここまでやってきて前回のような結果で終わってしまったらどうしよう。そんな不安があった。
でもまわりには私以上に私を信じてくれてる監督、チームメイトがいた。
また同じ思いをさせるわけにはいかない、また自分に失望したくない。
そんな気持ちを持ち試合に挑んだ。
結果は残念ながらチームは敗北。だが前回とは比べものにならないほど変わったものがあった。
それは私個人の成績だ。得点でかなり大きく貢献ができた。
前回は0点。今回は1人で25点以上。
チームが負けてしまったのはとても悔しいがそれ以上に得られたものがあった。
相手チームの選手から
「君のことなかなか止めれなくてこっちのベンチピリピリしてたよ笑」
私はとてもうれしかった。自分がやってきたことは間違ってなかったんだと。自分を悪い意味で信じ続けていた私が、いい意味で自分を信じ始めれるようになった。
そして私は人生で初めて夢をもつ。
「プロバスケ選手になりたい」
夢を見つけ高校3年生になった私はとてもキラキラしていたと思う。
例えるなら、ランドセルを背負ってこれからどんな生活がまってるんだろう!とワクワク、ドキドキで目をキラキラさせている小学生のような純粋な私だったと思う。だが私はかなり高い壁にぶち当たることになる。
それは「人間」だ。
バスケットボールの技術やIQでもなく人だった。
高校三年生というのもあり進路を決めるタイミングでもあった。
私は将来のレールを敷き、どの順路でプロを目指すか決めていた。
「私はプロになります!」
先生からは
「無理!やめなさい」
友達からは
「何言ってんの笑 無理でしょ笑」
親からは
「あきらめなさい。あなたには上に立つのは無理よ笑」
いろんな罵声をあび、私はここで人間の愚かさを知ることになった。
この時の私は小学生のような輝きはなく、閉店したショッピングモールに置かれている商品のような孤独さ、輝くとは程遠いライトで照らしてもなにも映らない真っ暗な私だったと思う。誰も助けてはくれず生きることをやめたほうが楽なんじゃないかと考えた夜もあった。
ふとSNSを見ていた。
1人、2人、3人、100人、1000人、数えきれないくらい私のように悩んでいる人がいた。
友達、先輩、先生、同僚、上司、親。
そういった人間関係が原因で、自ら人生の出口へ向かってしまう(自ら命を絶つ)人たちがいることを知った。
私と同じ境遇の人がいて、いや私とは比べ物にならないくらいしんどい思いをしてる人がいて、その人は想像もできない辛さを一人で抱えていたのだろうと思うととても悔しかった。どうか、どうか天国では幸せでいてほしい。
私は考えた。本当にやりたいこと、すべきことはなんなのかと。
”悔しい”思いをばねにしてやるべきことはなんなのかと。
この”悔しい”思い、昔に経験していることを私は思い出した。
プロバスケ選手を目指すことになった思いと同じ。
この時私は決心した。
「1人で悩んでいる人の心に寄り添いたい」
それから高校を卒業し何年かたった。
今の私の夢は
「エッセイスト、小説家として活動すること」