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Photo bydomir

街中をあるいているとき、こんなことを考えています

    はじめに

     細かいことが気になる人間はすぐに変な方向へと思考が移ってしまうらしい。他人からみればどうでもいいようなことを考えながら街を歩いている、らしい。

     どうやら街を変な着眼点で観察して毎秒考えているらしい私は、考えたことをその都度メモしている。なにをみて、なにを思い、どう考えたかを事細かく書いている。どんなにちっちゃなことでもとりあえず置いておくことにしている。

     そんな私は現在ひきこもりでニート。毎日何かを作るしがない文章の書き手でありながら散歩と書店が好きな、よくわからない変人である。
     「よくわからない変人」である所以は、このあと書いていく考えたことの数々から目にしみるほどわかっていただけると思う。

     読者の方には、生活や街をこんな視点でみると楽しいよと伝えてみたい。もっとも、延々と思考を続けるのは人によっては苦行かもしれないが。
     これから変な視点とともにいつもとは違う見方での世界をみていこう。

     正直言うと文字数が惜しいので、さっそく本題に入っていきたいと思う。

    マンション名

     通っているメンタルクリニックから帰る道中に、マンションみたいな団地がある。たぶんマンションっぽく感じるのはレンガみたいな配色のせいだろう。
     その横を通るときはいつも徒歩だったのだが、少し前にタクシーで帰ったときがあった。道路から見上げる形になったので、壁面に書いてあった建物名がちょうど見えた。

     さぞおしゃれな字体で書いてあるんだろうとふと目を向けたところ、視界に入ってきたのはデカくて黒い明朝体だった。

     いや、壁が白っぽいわけじゃないんだし、真っ黒じゃなくていいでしょ。そんなデカくなくてもいいし、そもそもなんで明朝体なの? そのせいでめちゃくちゃ怖い! タクシーのちょっと暗い窓越しに見ると得も言われぬ圧を感じるじゃん。なんか団地側から容赦ない怒りをぶつけられてるような禍々しい文字に見えてくるよ!! みんなおうちにカモン!みたいな迎え入れる感じじゃなくて、住まわせてやってんだぞっていう強かな主張を感じてしまうんですけど!! 下から見てるからかもしれないけど怖いよ!!

     ということで、この日は黒い明朝体を街中で見つけると異常なほどの恐怖を感じることが知れた。モノレールとかに乗っていて、ふいに視界に入りこんできたら凍り付くだろうなと思いながらタクシーを降りた。

    階段下の椅子

     出かけ先でよく使う駅があるのだが、そこのホームには椅子がある。背もたれがある程度ついているタイプの椅子が。
     とある箇所の椅子の真上には改札につながる階段があり、天井の老朽化の関係かちょっとした穴があいている。

     あそこで雨漏りあったら嫌だなあ。頭上から鳥の糞よろしく突然水がぽたっと落ちてくるわけでしょ? そんなの鳥肌モンだろ。傘開く間もないよ。急に防御の体勢とれるわけないだろ。ドンピシャで頭に当たったら身震いするかもしれん。強制的なシャワーってこと?

     そう思いながらいつもなんとなくその椅子に座るのを避けている。雨の日じゃなくても、である。この思考がどっしりある限り、あの椅子は私に嫌われたままなのかもしれない。

    文字が文字のできそこない

     外食中、目に入ったものから連想を広げずにはいられない。別にクリエイターの職に就いているわけでもないが、無意識に連想と想像をしてしまっている自分がいる。

     そのときふと視界に入った文字が「丘」だったのだが、それがとても「博物館の地図記号のなりそこない」に見えてしまった。どう考えても書体のせいだ。そう思えてしまったが最後、それにしか見えてこないのが不思議である。

     なりそこないだとしても、あまりにも欠けすぎではないか。奇跡的にそのままを保ち続けているようなものだろ。例えば子供が蹴ったボールがピタゴラスイッチ的な勢いでぶつかってきたとしても容易に倒れそう。よく考えたら半外の屋根と申し訳程度の柱しかないから、もう保存には適してないわ。公園にあるプチ屋外ホールみたいな扱いをしなきゃならねえな。

     などと考え事をしていると料理が運ばれてきた。その後も隣の席の人の話している内容や服に思考を飛ばしていたので、食事に集中していないと言われたらそうだろうなと思う。いつもそうであるような気もするが。

    色の強さを自覚してない赤

     2年前にとあるイベントで都内に赴いた際、整理券のため並んでいたのだが前に並んでいた人の服の色が衝撃的だった。

     差し色はなく、ただ真っ赤なワンピース。感覚過敏を持つ私は内心叫び声を上げた。

     ウワ、原色の暴力じゃん~~
     ホラー小説で出てきそうなパッキリとした赤だ!! 痛い、あと1時間もこの赤を視界に入れとかなきゃいけないってマジですか!? 福利厚生ちゃんとしてないとそんな長時間見るの許されないよ、なんで黒の上着すらないのよきつい~!! この姿が夜道に出てきたら問答無用で悲鳴あげちゃう自信ある。缶ビール飲んでても現実味しないもん~! これ、小休憩挟むのも許されないんですか? 

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    一瞬のイラつきが長文に変化したのか思ったより感嘆符と疑問符がある

     このとき私は色付きメガネの存在を知らず、ただ1時間半目の前に鎮座し続ける赤を我慢しながら凝視した。(気を抜くと並んでいる列が前に進むのだ)色付きメガネを作ってもらってからは、もうあんな目に遭うわけにはいかないと、一種の身の危険も感じながらバッグに色付きメガネを潜めている。

     それにしても狂気的なほどの赤色だった。そのときメガネをかけていたとしても、マシになるかわからないぐらいにはつらかった出来事だなあと今でも思う。

    楽器の音の第一印象

     ビブラスラップという楽器をご存じだろうか。
     あの音が入っている楽曲を公共交通機関に乗って聴いているとき、ふと思ったのだ。

     初めてこの音を聴いた人は、どう例えるのだろう。

     「バーン」なのかな? 「カーン」なのかな? もしかしたらそれ以外もあるかもしれない。そもそもあの楽器ってどこで買うの? 手入れとか必要なんじゃないだろか、楽器だし。一部分木材だけど作るのに向いてる木材とかって存在するんだろうか。保存というか、置いておくときはどんな置き方するんだろ。下手に置いておけないしな……。

     など考えまくる人間には楽器を持つことは向いていないかもしれない。実際、家にキーボードがあるがたまに自作曲を弾く用に出す度にどこかしらがほこりまみれである。
     
     第一印象は人にとって大きいと言うし、ビブラスラップという名前を知らない人に聞いてみたいものだ。

    不気味な空間の隅にプリクラ機

     最寄り駅のそばに小さいビルが建っているのだが、そのとある階にはほとんど何もない。店が撤退した結果、薄暗い空間が広がりトイレがある方向を示している看板もどこか不気味。
     そんな階の隅っこに4台ほどプリクラ機が密集している。初めて見たときは言語化できない謎の恐怖を感じた。人が来る来ないの疑問よりも、こんな不気味な空間にプリクラ機とかいう若者の象徴みたいなモノを隅っこに置くことが信じられなかった。

     階段でそこを通るたび、ずっと思っている。

     はっきりした恐怖は感じないけど、こえぇ~!! 金銭的に難しいんだろうけど、こんなとこに置くならいっそ全面に置けよ。使ってる人がいるのかいないのかぱっと見じゃわかんないのも不気味だし、そもそもこんなとこ誰も寄らないだろ。そこだけ電灯の無駄置きしてるスーパーみたいに明るくなっちゃってるじゃん!!

     ちなみにといってはなんだが、一個下の階からすでにうっすら聴こえてくるぐらいにはプリクラ機の音が筒抜けである。それがさらに怖さを際立たせている。

    マフラー統計

     今年1月に、映画を鑑賞しに出かけた。映画が始まるまで時間がかなりあったので、周辺を散歩することにした私は映画館のある建物から出た。趣味のひとつである人間観察をしようと思い、敷地内のベンチに座り人の行き交う前を眺めていた。

     結局なにを観察していたのかというと、人々が首元に巻いているマフラーの色である。つまり、原色カラーのマフラーを巻いている人は何色がどれだけいるのか数える、ただそれだけである。

     やっぱり、赤色と青色が二大巨頭かなあ。お、でもオレンジもきてる……! こういうマフラーって売り場で衝動的に買うのかな、でも色なんていっぱいあるけど。あ、蛍光色きた!! 小説の表紙とかで見る赤いマフラーは大事なものに見えるけど、こうやって見たら大勢の人が身に付けてるひとつでしかないもんなぁ。そう思うと色の数って多いよな。そういえば電車の車体カラーってどうやって決めてんだろ、まあそれはブックカバーとかにも言えるか……。

     最終的にいちばん多かったのは赤色だった。それよりも人生で初めてオレンジのマフラーを見たので、そっちの印象のほうが強かった。

    電灯の柱の色の心地悪さを考える

     週に3回ほどは出かけるのだが、徒歩や車で移動している最中、歩道にある電灯を見ると毎回考えることがある。
     柱の色がもし白や焦げ茶色じゃなければ、どれだけ気味悪いか、心地悪いか。食べ物で青色が一番食欲をなくすけれど、そこからさらに青の中のどの色かなあという、もっと突き詰めていく作業である。

     蛍光色は安心するかもしれないけど、徒歩だったら怖い。距離が近づくたび遠回りしたくなる気分に、電灯だって実感した瞬間に恐怖が襲ってきそう。逆にパステルカラーならどうだろうな。結構怖くないかもな、彩度高いと歩道にある雰囲気出ないのかもな。いや、山の中だったらなんでも怖いだろ。むしろカーブミラーで安心するでしょ。

     普段見ている電灯も色を変えただけで(うわぁ……)など思ってしまうならば、それを創作に利用してもいいなあと思ったりした。発想次第では映像以外の創作にも使えそうだ。

    おわりに

     何をしていてもずっと頭の中で考え続けているような人間だから、こういうことが可能なのかもしれない。
     こんな視点でみてみると楽しいよと伝えてみたいと最初に書いたが、たまに適宜摂取するぐらいがちょうどいいのかも。
     じゃないと人との会話中も考える人になってしまうので。

     
     
    よくわかんないひきニート。 考えていることを綴ったり短編小説を書いている人。 人によって解釈がバラバラで当たり前、その違いを楽しもう、がコンセプトの小説を書く。 https://x.com/6XkqtjONjFd1aw7

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