
【短編小説】営業が探偵すぎる
営業の黒瀬さんは、探偵だ。
ふらりと現れて、自然に会話に混じっている。
女子社員の給湯室会議、喫煙スペースのヤニ談義。タバコを吸わないのに、とても自然に。
「営業部の部長と、生産管理部の相川さん、付き合っていますね」
「えぇっ! 黒瀬さん、どこでその情報を?」
黒瀬さんの切れ長の瞳がキラリと光る。
スーツ姿が謎に映画みたいだ。
「あの二人、よく駅の同じホームにいますよ。自宅は反対方向なのに。そして朝も、数分差で出社してきます」
女子社員が色めき立った。
「すごーい!」
「誰でも分かりますよ?」
涼しい顔でそう返す。
いやいやいや。誰でもではないと思うぞ?
彼の黒革のiPadには、あらゆるデータが納められている、らしい。
◆
黒瀬さんが、人事室の扉を叩いた。
「あら、黒瀬さん。どうしました?」
人事の桐生さんが首を傾げる。
デスクには、謎の水晶が鎮座している。
「この社員は、まだ在籍していますか?」
「生産管理部の方ですね。神谷くん、調べてくれる?」
桐生さんは、端の席に声をかけた。
大学生くらいだろうか。色白の美少年が座っている。
「先月からバイトで来てくれているの」
彼はPCで検索し、瞬時に答えた。
「この方、先月末で退職しています」
神谷くんは先日、社員リストを独自に整理し、検索項目まで増やしたらしい。
「リスト作るの、好きなんで」
人事部に来てひと月。
すでに社員より社員に詳しい。
黒瀬さんは、画面に並んだ日付を眺めた。
「……退職届の受理日、最終出社日」
指先でトントンと、iPadを叩く。
占い師すぎる人事の桐生さんが、
ふと思い出したように言った。
「そういえばこの方、正位置で“塔”が出ていたの」
「塔?」
桐生さんは、タロットカードを一枚見せた。
「“崩壊”もしくは“トラブル”の暗示」
机上の水晶が、妖しく光った(気がした)。
◆
黒瀬さんが、営業部長に声をかけた。
「例の自主回収の件、少し気になることがありまして」
黒革のiPadを差し出す。
「問題の商品『まるかじり梨アイス』が製造された時期、生産管理を担当していたのが――先月退職した佐藤氏です」
黒瀬さんは淡々と続ける。
「そして、異物混入発覚の三日前。
逃げるように会社を去っている。」
「……。」
「佐藤氏が、製造記録を持ち出していたことはご存知ですか?」
部長の顔が固まった。
「生産管理部の女性社員に聞きました」
さすが、給湯室会議にも自然に混じる男である。
部長の瞳孔がわずかに拡大し、揺らいだ。
その違和感を、黒瀬さんは見逃さない。
異能――瞬間観察で。
「……ご存知だったんですね?」
「何のことだ」
部長の指が、微かに震えた。
「崩れた“塔”のあとに何が建つかは、部長次第ですよ」
黒瀬さんは終始、完璧な営業スマイルだった。
部長は大きなため息をついた。
「黒瀬……お前、営業じゃなくて探偵やれよ」
「え? 両方できますよ」
営業スマイルのまま言うな、それ。
怖いから。
了

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