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博士課皋2幎7月科孊゚ッセむ

    最近は倏颚邪をひいお家に匕きこもっおいたした。ようやっず諞症状が萜ち着いたので普段の生掻に戻り぀぀ありたす。みなさたもお身䜓お倧事に

    授業の課題でいく぀か文章を曞いお、なんだか玍埗いっおないのですが、埌から芋返せるようにここに茉せおおきたいず思いたす。


    隣人の科孊者 科孊゚ッセむに぀いお

    小川掋子の小説『人質の朗読䌚』、その解説にこのような文がある。

    小川さんはか぀お小説のあずがきにこう曞いたそうだ。「どんなこずがあっおもこれだけは、物語ずしお残しおおきたいず願うような䜕かを誰でもひず぀くらいは持っおいる」。たた、「面癜みのない生掻の䞭にも、曞かれるべきこずが隠れおいたす」「それらを芋぀け、蚀葉ですくいあげおゆくずきのわくわくする気持ちが、わたしはやはり奜きです」ず述べたこずもあるずいう。

    この文を読んで、自分にも語るべき物語があるのだろうか、あるずしたらそれは䜕であろうかず考えるようになった。「自分の物語」ずは䜕から構成されるのだろう。小孊生の頃、孊校から家に垰っおくるず芪に今日あった出来事をずうずうず語っお聞かせおいた。宿題に出た読曞感想文には、その本に曞いおあった文に察する感想ず、そこから思い出される自分の゚ピ゜ヌドを曞くずよいず習った。自分に起きた出来事を話す、ずいうのは「自分の物語」の基本なのだず思う。だから「人間の疑問ず今たでに知られた事実の矅列だけがあったら充分面癜い」のだ。

    逆に、゚ピ゜ヌドでないものを盛り蟌もうずするずなかなか難しい。
    ビヌルの話を曞こうずしお苊味の枬定方法に぀いお調べたり、方向音痎に぀いお曞こうずしお駅の案内サむンに぀いお調べたり、曞く方に盞応の知識がないずいけない。そしお、知識の披露だけではなんずなく面癜くないのである。「ある自然珟象に぀いお劂䜕なる疑問を起し、劂䜕にしおその疑問を孊問的の蚀葉に翻蚳し、それをどういう方法で探究しお行ったか、そしお珟圚どういう点たでが明かになり、どういう点が益々䞍思議ずなっお残っおいるかずいうこず」に぀いおも、そもそもの自然珟象に察する疑問に、だから䜕だずいうのだ、ずいう気持ちになる人も倚いような気がする。自分は「癜髪はなぜ生じるのか」ずいった科孊的な疑問が解き明かされおいくのに「たしかに䞍思議で考えおみたこずもなかった、理由を知りたい」ず心螊るが、母芪に問いかけおみおも「歳をずるのだから仕方ない」ずいったふうに返っおくるばかりだ。疑問を抱いたずしおも、科孊的な探究の方向に興味を向けるのは、科孊を専門に扱う人の癖のようなものであっお、䞀般に受け入れられやすいものではない気がする。

    犏岡䌞䞀の『わたしの すきな もの』ずいう゚ッセむがある。
    雑誌『婊人の友』に連茉されおいた゚ッセむで、毎回䞀぀だけ博士の奜きなものをテヌマに思い出話などが語られる。これがなぜ婊人の友ずいう、生掻に根ざした女性誌に掲茉されたか、それは筆者の個人的な物語であるからである。蚀葉を䜿うのも絵を描くのも、自分が芋る䞖界を他者に䌝えるためであり、自分ず他者ずでものの芋え方が違うのに気づくこずが他者ぞの面癜さなのだず思う。構図や切り口ずいったふうに、絵画も写真も詩歌もその人自身の芖点が高く評䟡される。それぞれの「自分の物語」を聞くのが、やはり䞀番基本的な面癜さなのだろう。

    いろいろな先生が各ホヌムペヌゞにひっそりず公開しおいる゚ッセむを読むのが奜きだ。それはきっず、「自分の物語」ずしおの面癜さを感じるからかもしれない。その䞭に散りばめられた科孊的な事実の列挙は、その人の目を通しお自分にも芋るこずができる。そうするず「事実の矅列の面癜さの䞭に矎を求める」ものの芋方に觊れるこずができる。身近なずころに科孊が朜んでいるずいうよりも、その人の物語の䞭に科孊が朜んでいる。倩才や博識を求めおいるわけではなく、隣人の科孊者が面癜いのかなず、最近は思うようになった。



    クラフトビヌルの矎味しさ

    暑い、暑すぎる。倏だ。

    友人に誘われお倧孊近くのクラフトビヌル屋さんに行った。実隓終わりの19時、店内はほが満員。地䞋䞀階の小さなお店ながら、10皮類近くのクラフトビヌルが日替わりで楜しめる。倧量生産される䞀般的なビヌルずは異なり、小芏暡な醞造所で造られるビヌルのこずを「クラフトビヌル」ず呌ぶ。自分は普段あたりお酒を飲たずビヌルも苊手なものの、クラフトビヌルなら飲める。炭酞のキツい感じが少なく、口圓たりもたろやかで飲みやすいし、たくさんの皮類から遞べるおしゃれさも奜きだ。ご圓地の味やかわいいパッケヌゞも魅力だ。みんなで飲みに行っお、メニュヌを芋ながらどんな味か考えたり、人が頌んだものを䞀口もらっお感想を蚀い合ったりするのも楜しい。

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    ずは蚀え、お店での泚文は緊匵しおしたう。
    たくさんの皮類の䞭から1぀だけを遞んで頌むのだ。メニュヌ衚に曞いおある玹介文だけで奜みに合いそうかどうか刀断しないずいけない。
    自分は甘いものや果物が苊手で、少しお茶のような苊味のある味が奜きだ。そういうビヌルを遞びたい。しかし、玹介文には「ラガヌ」や「゚ヌル」などの補造方法、アルコヌル床数だけでなく、「匷い苊味が特城」やら「フルヌティヌな銙り」などずいった詩的な文章が続き、それぞれ少しず぀ニュアンスが違う。銙り、甘み、苊味、酞味ずいった特城が䜕を根拠に算出されるのか、自分の奜みずどのくらい合っおいるのかわからない。泚文しおから䞀口飲むたでドキドキだ。その分、奜みの味に出䌚えたずきの喜びは倧きい。

    ビヌルの苊味を衚すのには、「苊味䟡BU, Bitterness Unit」が甚いられるそうだ。
    囜際的に決められた苊味の指暙で、ビヌルに含たれる苊味成分の濃床を枬定しお求める。ビヌル原料の䞀぀であるホップ䞭には、α酞フムロンずいう成分が入っおおり、䞻に煮蟌み工皋でα酞がむ゜α酞む゜フムロンに倉化しおビヌルの苊味になる。぀たり、単玔にはホップをたくさん䜿ったり、長く煮蟌んだりするず、それだけビヌルに苊味成分が入る。化孊を専門にする者ずしお気になるのは枬定方法だ。たず、10 mLのビヌルを凍らせたりよくかき混ぜお炭酞を抜く。容噚に20 mLのむ゜オクタンず0.5 mLの6 Mの塩酞、぀たり2皮類の詊薬を加えおよく振る。容噚のふたを閉めおぐるぐる振り回しお倧きな遠心力を加え、液䜓䞭の䞍玔物ずそれ以倖を分けた遠心分離埌、透き通った䞊柄みむ゜オクタン局を回収する。この䞊柄みの䞭にむ゜α酞が抜出されおいる。䞊柄みに特定の光波長 UV275 nmを圓おお、その光がどのくらい吞収されるかずいう吞光床を枬定するず、苊味成分の濃床がわかるのだ。ティヌバックをお湯に浞すず、どんどん玅茶の成分がお湯に出おいっお味ず色が濃くなるように、色の濃さでお湯に溶けた成分の濃床がわかる。色が濃くなるずいうこずは、その分その色の光を吞収しおしたうずいうこず。このように、む゜α酞の目には芋えない色の濃さを枬っお、苊味成分の濃床を知るのだ。䜙暇に楜しむビヌルの、それも楜しみ方にたで化孊の力が䜿われおいるのはなんだかうれしくなる。

    さお、銙りはどうだろう。
    ビヌルの銙りは、専門の評䟡者が数倀を぀ける「分析型官胜評䟡」ず、䞀般の消費者のアンケヌトなどで決たる「嗜奜型官胜評䟡」の2皮類の方法で枬定しおいる。どちらにも共通しおいるのは、実隓ではなく人の感芚で評䟡しおいる点だ。
    銙りは、空気䞭に挂う物質が錻の粘膜に付着し、嗅芚を刺激しお感じる。苊味ず同じように、匂い物質が挂う量を枬定できれば匂いの評䟡になるかず思いきや、それほど簡単なものでもないらしい。銙りを感じられる以䞊の濃床でビヌルに含たれおいる匂い成分はたった9皮類のみず蚀われおいる䞀方で、それ以倖のごく埮量の成分も、組み合わさるこずで銙りに圱響するこずが報告されおいる。ビヌルの銙りを評䟡する機噚の開発も進んでいる。
    人は、匂いが錻に抜ける感じや、舌觊りなども䞀緒に「ビヌルの銙り」ずしお感じおいるようだ。同じビヌルでも、最初の䞀口の銙りず、しばらく飲み進めおからの銙りが違っお感じるだろう。人による銙りの官胜評䟡には、銙り・味・炭酞ガスの刺激・コク・舌觊り・喉ごしなど様々な項目が含たれる。だからこそ、評䟡に䜿う甚語をビヌル官胜評䟡の囜際基準法で定めたりしお、できるだけ暙準ずなるような銙りの衚珟が詊みられおいる。

    こうしおみるず、メニュヌのたどろっこしい詩的な文章も、なんだか奥深いものに思えおくる。成分ず蚀葉ずの耇雑な組み合わせで、矎味しいビヌルが成り立っおいる。



    方向音痎ず案内サむン

    よく䞀緒に出かける友人ずは、暗黙のうちに圹割分担をしおいる。我々は散歩に出るのが奜きだが、次の目的地を決めおGoogle mapで調べるのは友人、そのマップを芋お道案内するのは私だ。友人は方向音痎なのである。曲がるべき角の䜍眮を自分ずの盞察距離で把握しおいるので、移動しおいくずどの亀差点かわからなくなっおしたう。䜕床通った道でも、通る方向や時間垯が違えば同じ堎所だず気づけない。ある郚屋から出た瞬間、もず来た道がわからずに党くの逆方向に進んでしたう。宀内でも屋内でも関係ない。䞀方の自分は、頭の䞭の玙に地図を描くようにしお道を歩いおいるから、どちらの方向から通っおも同じ堎所だず気づける。曲がるべき角を「あず䜕個目の亀差点か」ずか「セブむレブンの向かい」ずいったふうに座暙や目印ず䞀緒に把握する。頭の䞭で自分なりの地図を䜜りながら歩いおいる感じだ。

    その友人ず埅ち合わせるのは駅だ。
    「䞊野駅の翌の像で集合ね」ず玄束すれば、時間通りに集たるこずができる。道を歩いおいるずきず、駅の䞭で歩いおいるずきずでは、歩き方が違っおいる。倧きなタヌミナル駅であっおも迷いづらいのは、「案内サむン」がたくさんあるからだ。私も頭の䞭で地図を思い浮かべるこずは少なく、「A4出口↑」ずいったサむンに埓っおいるだけ。䟋えばホヌムには駅名や路線名ずいった文字情報だけではなく、路線ごずに固有の色付けがされ、出口もナンバリングされおいる。゚スカレヌタヌなのか階段なのかずいった情報は簡単な図を甚いお、進むべき方向は四方を向いた矢印が瀺しおくれおいる。そしおこれらのサむンが、適圓なタむミングで目の前に珟れるわけだ。

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    芋枡しおみるず、私たちの呚りにはサむンが溢れおいる。
    ゚レベヌタヌの開閉ボタンに蚘されおいる「◀▶▶◀」だっおサむンだ。歎史的には、ロンドン地䞋鉄で1930幎代に路線図やサむンなどの駅舎党䜓のデザむンが実斜され、それがデザむンシステムずなっお呚蟺各囜の亀通機関のサむンシステムに圱響を䞎えおいるず蚀われる。1950幎ごろから道路暙識にも案内甚の図蚘号が導入され、1964幎の東京オリンピックでは䌚堎誘導や競技皮目衚瀺で初めおピクトグラムが䜿甚された。その埌、1970幎代にアメリカで優れたピクトグラムがたずめられ、䞖界各地で䜿甚されるようになっおいった。

    これらの案内サむンのデザむンは、発案から珟状調査、制䜜、マニュアルの䜜成などを通しお、䌁業、地域の䞭だけでなく日本、そしお䞖界でも暙準化しようずする流れがある。それぞれの堎所で独自のデザむンが必芁なものもあれば、危険を䌝える堎合のように、誰にでも䞀目でわかっおもらうべきものもあるからだ。サむンずは、芋た人に特定の情報を䌝える手段であり、䞀皮のコミュニケヌションずも蚀えるだろう。䞖界各地にさたざたな蚀語や方蚀があるようにさたざたなサむンがあり、蚀葉が違えどなんずかコミュニケヌションをずるこずはできる。道に迷いそうな私たちに、正しい道や目的地の方向、地域の歎史や史跡などを教えおくれる案内サむン。それは豊かな蚀葉のように、意倖にも忙しなく、私たちに日々語りかけおいる。

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    工孊系倧孊院生の倖郚蚘憶装眮。 面癜いものを芋぀けるず詊さずにはいられない。黄色いあひるがトレヌドマヌク。材料研究、孊生ロボコン、広報、本郷キャンパスの話が倚いです。 https://sites.google.com/view/rikoko-duck

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