
莉子さんなら分かってくれるよね?
「お疲れ様です。莉子さんが期待している話じゃなくて申し訳ないんですけど……笑」
ある社員から電話がかかってきて、開口一番こう言われた。
「え!?笑」
思わず笑ってしまった。
そんなに欲しそうにしてたのか、私は笑
電話をかけてきたのは、男性社員のKさん38歳。
昇格者研修の日程調整をしていて、ほかの対象者は全員決まっていたのに、Kさんだけまだ決まっていなかった。
だからKさんから電話がきた瞬間、私は当然のように、
「ついに日程決まったか!?」
と思った。
どうやらそれを見透かされていたらしい笑
真面目な印象の人
Kさんは、私の中ではすごく真面目な印象の人だった。
でも、このときは少し笑いながら言っていた。
全力でふざけるわけでもなく、「面白いこと言いますよ」という感じでもない。
自分ではちょっと面白いと思っている。でも、私がどう受け取るかは分からない。
だから少しだけ笑いを含ませて、こちらの反応を待っているような感じ。
私はそれがツボに入って、めちゃくちゃ笑った。
そしたらKさんも、電話の向こうでめちゃくちゃ笑っていた。

こういう瞬間ってないだろうか。
自分ではちょっと面白いと思っている。
でも、相手も同じところを面白がってくれるかは分からない。
だから、ほんの少しだけ投げてみる。
相手が拾ったら、そのまま笑う。
拾わなかったら、何事もなかったように話を続けられるくらいの温度で。
私は見事に拾った。
なんだろう。
笑いのツボが合うって、ただ「同じことで笑った」だけなのに、ちょっと嬉しい。
「分かるよね?」までの距離
その少し後、夏のインターンシップで、Kさんの管轄する部署に学生を受け入れてもらった。
翌月も同じ部署にお願いしていたのだけれど、どうやらその時期、かなり忙しくなるらしい。
本人からは何も言ってこない。
でも、ほんとにこのままお願いして大丈夫なのかな。
8月のインターンシップでKさんのところへ行ったとき、雑談まじりに聞いてみた。
「来月の9月〇日もお願いしてますけど、結構忙しい時期になると耳にしました。Kさん、どんな感じですかね?」
Kさんは、
「一度引き受けたものはやる。上からお願いされていることでもあるからやる。でも結構忙しいのも事実。莉子さんなら僕の気持ち分かってくれると思うんだよね」
と、含み笑いで言った。
また笑ってしまった。
だって、言っているようで言っていない笑

「やる」と言っている。
「忙しい」とも言っている。
最後だけ、こちらに渡してくる。
「分かってくれると思うんだよね」
こういう会話、私は好きだ。
全部言わないから、面白いこともある
もちろん、何でも「察して」で済ませればいいとは思わない。
仕事なら特に、必要なことはちゃんと言葉にした方がいい。
でも、全部を言葉にしないからこそ生まれる会話もある。
たとえば、仲のいい人から何か言われて、
「はいはい、つまりこういうことでしょ笑」
となったこと。
誰かの微妙な言い回しに、
「それ、私に言わせようとしてない?笑」
となったこと。
逆に自分が全部は言わず、
「ここまで言えば、たぶん伝わるかな」
と相手に渡したこと。
たぶん、誰に対してもできるわけじゃない。
それまでのやり取りの中で、「このくらいなら伝わりそう」という感覚が少しずつできているから成立する。
だから伝わったとき、ちょっと気持ちいい。
言葉を使っているのに、言葉にしていないところまで一緒に受け取れたような感じがする。
結局……
私は、9月のインターンシップをお願いする部署を別の部署に変更した。
Kさんには、
「本当は変えてほしいってことですよね?」
とは聞かなかった。
Kさんから、
「変えてくれてありがとう」
とも、
「助かったよ」
とも言われていない。
だから、私の受け取り方が合っていたのかは分からない。
今でも、答え合わせをしていないけど
何も言ってこないのは、
ひとまずは間違った対応じゃなかったかな、と思ってる。
顔と名前が繋がった夏
この話で私がいちばん面白いと思うのは、実はKさんとは、それまでほとんど話したことがなかったことだ。
顔と名前がきちんとつながったのも、この夏。
それまでに何度か電話で話した程度だった。
Kさんは私のことを、ほかの社員や若手社員から聞くことはあったらしいけど
でも、それくらい。
それなのに、
「莉子さんが期待している話じゃなくて申し訳ないんですけど……」
と、少し様子を見るように投げられた言葉で二人して笑って、
その少し後には、
「莉子さんなら僕の気持ち分かってくれると思うんだよね」
になっていた。
人との距離って、話した時間だけでは測れない
長く話していても、いつまでも探り探りの人もいる。
反対に、ほんの数回のやり取りなのに、妙に言葉の受け渡しがしやすい人もいる。
「なんかこの人、話しやすいな」
「このくらいなら言っても大丈夫そう」
「これ、たぶん分かってくれるな」
そういうものって、いつできるんだろう。
考えてみると、よく分からない。
すごく深い話をしたわけでもない。
長い時間を一緒に過ごしたわけでもない。
ほんの少し冗談を混ぜてみたら、相手が笑った。
次に会ったときには、前よりほんの少し言葉を省いて話せた。
たぶん、そんな小さなやり取りで、次の会話が少し変わっていく。
みんなにも、そんな人はいないだろうか。
知り合ってそれほど長くないのに、なぜか話が早い人。
全部説明しなくても、「分かるw」となる人。
私は今回、Kさんとのやり取りを思い返していて、そんな人たちの顔がいくつか浮かんだ。
そして、本人にはたぶん言わないけど
「莉子さんなら分かってくれるよね?」
あの言い方、私は結構好きだった笑