
時短勤務になって、誇りの置き場所が揺れている。
本館のカウンターは、これまで働いていた分館よりずっと広い。
なのに、わたしの「任されている感じ」は、少しだけ小さくなった。
それでも――ここで働くことは、今も誇らしい。
図書館の仕事は、いまも好きだ
「この本、ありますか?」と尋ねられて、棚をたどって、いっしょに探す。 探しものが見つかったときの、利用者さんの顔がほどける瞬間。 名前も知らない誰かの毎日を、そっと支えている感覚がある。
わたしはこれまで、小さな分館で働いてきた。 やがて責任者を任されて、チームのこと、運営のこと、展示のこと、クレーム対応のことまで、判断する場面が増えた。 重かった。でも、手応えがあった。
「この分館を、今日も回した」という実感は、わたしの背中をまっすぐにしてくれた。
産後復帰で、働き方が変わった
出産を経て復帰したいま、わたしは本館勤務だ。
「シェアスタッフ」として、複数の業務を支えながら働いている。
時短で働かせてもらえているし、土日祝日の勤務も減らしてもらっている。 ありがたい。本当にありがたい。
制度があるだけでは回らない現場で、調整してくれる人がいて、支えてくれる同僚がいて成り立つ働き方だということも、痛いほど分かっている。
ただ――。 ふとした瞬間に、胸の奥に小さな痛みが走る。
自分の判断で進められることが減った。 「わたしの担当」と呼べる領域がなくなり、誰かのサポートに回ることが増えた。「責任者としての自分」が持っていた裁量や重みが、薄くなったのだ。 時間が増えたはずなのに、仕事の輪郭が前よりぼんやりしている。
誇りが消えたわけじゃない。 でも、誇りの置き場所が、揺れている。
「母の責任」が増えたぶん、仕事の責任が減ると、心が揺れる
帰宅したら、夕飯、片づけ、明日の準備、寝かしつけ――日々は細切れで、あっという間だ。
時短になって、土日祝が休みの日が増えて、家の空気が変わった。
週末に「今日は一緒に公園に行こうね」と約束できる。
朝、慌ただしく家を出ずに、子どもの顔をちゃんと見られる。
そのことがどれだけ大きいか、復帰してから毎週実感している。
それなのに、心のどこかで「これでいいのかな」と揺れてしまう。 たぶん、理由は単純だ。 家庭の責任は増えていくのに、仕事の責任は減っていくと、自分の中の“がんばっている実感”のバランスが崩れるのだ。
母としてのわたしは、確かに必要とされている。
でも、仕事人としてのわたしも、必要とされたい。
その欲張りを、わたしは手放しきれないでいる。
小学校入学までの“カウントダウン”
最近、ふと未来を数えるようになった。
いま3歳になる娘が小学校に上がるまでに、どう働く?
「“おかえり”って言える暮らしにしたい」
そんな思いが、現実味を帯びて迫ってくる。
いまの働き方でも、両立はできるかもしれない。 でも正直に言えば、子どもの体調や行事に柔軟に寄り添えるよう、ゆくゆくは在宅ワークに切り替えたいという目標がある。 “場所と時間の自由度”が、どうしても魅力的に見えるのだ。
そして、こうも考える。 図書館への関わり方は、「職員」という形だけじゃないかもしれない、と。
「辞める/続ける」ではなく、「距離」を設計する
ここで大事にしたいのは、ひとつの線引きだ。
図書館の仕事は専門職で、代替できない責任がある。
司書として培ってきた判断や経験は、「誰でもできる」ものではない。
――そのうえで。
働き方が変わっても、図書館を支える関わり方は持てるのかもしれない。 たとえば、読み聞かせ。地域の読書活動のお手伝い。 そして、子どもの本を紹介する文章を書くこと。
いまこうしてnoteで日々言葉を紡いでいることも、図書館との新しい関わり方を探るための、そして在宅で働く未来へ向けた大切な助走なのだと思う。
わたしが今考えているのは、「辞める/続ける」の二択じゃない。 図書館との距離を、いまの暮らしに合う形に設計し直すことだ。
わたしの“いい働き方”は、「責任の置き場所」を変えること
分館責任者だった頃、わたしは“仕事の責任”をいちばん手前に置いていた。 いまは“母の責任”が、いちばん手前にある。
それは後退じゃない。人生のフェーズが変わっただけだ。
いい働き方って、能力の証明じゃなくて、暮らしに合うように「責任の置き場所」を柔軟に変えられることなのかもしれない。 誇りは、手放さなくていい。 ただ、持ち方を変える。
いまは本館で、シェアスタッフとして、できる範囲で現場を支える。 そして小学校入学までに、在宅ワークという選択肢も視野に入れながら、図書館とは別の形でもつながり続ける道を探していく。
わたしはまだ、途中だ。
揺れているし、迷っている。
でも、迷っているからこそ、
「いい働き方」を自分の言葉で探せる気がしている。
あなたの「誇り」は、いま、どこに置いてありますか。
仕事の手前? 家庭の手前? それとも、未来の棚?
誇りを捨てる必要はない。 ただ、今の暮らしに合う場所へ、そっと置き直してもいい。
わたしはそう信じながら、今日も本館のカウンターに立っている。
喜木 拝
この記事は、noteお題企画 #いい働き方ってなんだろう 応募作です
