
読書量ではなく、読書距離だと思っているのに。
私がつい比べてしまうもの。
それは、読書量かもしれない。
月初めになると、Xには「先月読んだ本」がたくさん流れてくる。
読書垢をたくさんフォローしているから、色とりどりの表紙がタイムラインを埋め尽くす。
「今月は20冊。」
「30冊読めました。」
「積読もだいぶ減りました。」
その投稿を見るたびに、「すごいなぁ」と思う。
そして、そのあとに、少しだけ比べてしまう。
私は、こんなに読めていないな。
仕事もある。
娘との時間もある。
書きたい文章もある。
言い訳はいくらでもできる。
でも、比べる気持ちは、理屈では止まらない。
もっと読みたい。
もっと読める人になりたい。
そんな気持ちが、心のどこかにある。
不思議なのは、私はずっと「読書量ではなく、読書距離だ」と思ってきたこと。
一冊を読む速さではない。
どれだけ自分の中に残ったか。
どれだけ人生を動かしたか。
そのほうが、ずっと大切だと信じている。
それなのに、Xを開くと、いつの間にか冊数を数えている。
人は、自分が信じていることよりも、見える数字に心が揺れる生きものなのかもしれない。
でも最近、少しだけ思う。
比べてしまうのは、本が好きだからだ。
本が好きだから、もっと読みたい。
好きだからこそ、少し悔しくなる。
だから、この気持ちを無理に消さなくてもいいのかもしれない。
ただ、そのあとで思い出したい。
私は、誰かの一か月と比べるために本を読んでいるわけではない。
昨日の私より、ほんの少し遠くまで歩くために、本を読んでいる。
読書量ではなく、読書距離。
その言葉を、一番忘れやすいのは、案外、私自身なのかもしれない。
喜木 拝
「私がつい比べてしまうもの」
