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Photo bypasteltime

苺の季節に、生まれたかった。

    苺は、いつも少しだけ特別な顔をしている。

    赤くて、丸くて、つやつやしていて。
    ケーキの上にのっているだけで、その日が急に「お祝い」になる。
    白いクリームの上に、ちょこんとのった苺を見るたびに、私は思う。

    ああ、いいなあ。
    苺って、誕生日に似合うなあ。

    私の妹は、5月生まれ。

    春が少し落ち着いて、初夏の気配が混ざりはじめるころ。
    空気もやわらかくて、光も明るくて、なんだか世界全体が「おめでとう」と言っているみたいな季節に、妹は生まれた。

    そして妹は、苺が好きだった。

    誕生日のケーキにも、苺がよく似合った。
    白い生クリーム。赤い苺。ろうそくの火。
    子どものころの私には、それがとてもまぶしかった。

    いいなあ、と羨んでいた。

    5月生まれって、なんだか可愛い。
    苺のケーキが、ちゃんとその人のために用意されている感じがする。
    お店のショーケースの中でも、苺のケーキたちは堂々としている。
    「誕生日です」と言わなくても、もう十分にお祝いの顔をしている。

    一方で、私は12月生まれ。
    街はきらきらしているし、クリスマスの飾りもきれいだし、ケーキだってたくさん並んでいる。

    でも、子どものころの私は、どこかで思っていた。

    私の誕生日は、少しだけクリスマスにまぎれてしまう。

    ケーキはある。
    苺ものっている。
    でもその苺は、私だけのためというより、どこか「クリスマスの苺」みたいな顔をしていた。

    サンタクロース。
    ツリー。
    赤と緑の飾り。
    街じゅうのお祝いの中に、自分の誕生日がそっと混ざってしまうような感覚。

    だからなのかもしれない。
    私はずっと、苺に少しだけ憧れていた。

    苺が好き、というより。
    苺が似合う季節に、少しだけ憧れていた。

    そんな苺を、いま娘が大好きになっている。

    3歳の娘は、苺を見ると目を輝かせる。
    お弁当のデザートに苺を入れると、それだけで少し得意そうな顔をする。

    小さな容器の中に、赤い苺をいくつか入れる。
    それだけで、朝のお弁当づくりの慌ただしさが、ほんの少しだけやさしくなる。

    「今日、いちご入ってるよ」

    そう言うと、娘はうれしそうに笑う。

    その笑顔を見るたびに、私は思う。
    苺って、やっぱりすごい。
    たったひと粒で、子どもの一日を少し明るくしてしまう。

    先日、実家の近くで、いちご狩りをした。

    いちご狩り、といっても、大きな観光農園ではない。
    実家の近くに、苺をハウス栽培しているところがあって、パック代と苺の代金だけで、自分で摘ませてもらえる場所があった。

    まるで、日常のすぐ隣に、こっそり用意されていた小さな春みたいだった。

    ハウスの中に入ると、空気が少しあたたかかった。
    外とは違う、植物の息づかいがこもったような空気。
    葉っぱの緑の間に、赤い苺がいくつも顔を出していた。

    娘は、それを見つけるたびに声をあげた。

    「あった!」

    その声が、ハウスの中で弾む。

    まだ3歳の娘にとって、自分の手で苺を摘むことは、きっと大きな冒険だ。
    スーパーのパックに入った苺ではなく、ケーキの上に飾られた苺でもなく、葉っぱのかげに隠れている苺を、自分で見つける。

    赤い実を探して。
    そっと手を伸ばして。
    ぷつん、と摘む。

    そのひとつひとつが、娘にとっては「世界を自分で見つける」練習のようで。

    私はその横顔を見ていた。

    妹の誕生日ケーキの上で輝いていた苺。
    私が少しだけうらやましく眺めていた、春の苺。
    クリスマスのにぎやかさにまぎれて、自分だけのものになりきらなかった12月の苺。

    それらが全部、娘の小さな手の中に集まっていくような気がして。

    苺は、私にとって「うらやましいもの」。
    妹の季節に似合うものだった。
    春の光をまとった、少し遠いもの。

    でもいまは、娘のお弁当に入れるものになった。
    娘が自分で見つけて摘むもの。
    「おいしいね」と一緒に笑うものに。

    そう思ったら、少しだけ、12月生まれの自分も悪くない気がして。

    私は苺の季節には生まれなかった。
    苺のケーキがいちばん似合う季節でもなくて。
    誕生日は、いつも少しクリスマスの気配に包まれていた。

    それでも、こうして大人になって、娘と一緒に苺を摘んでいる。

    妹をうらやましく思った子どもが、
    娘の笑顔を見つめる母になっている。

    人生は、ときどき不思議だ。

    自分の誕生日には少し遠かったものが、
    いつか大切な誰かとの記憶になって、手のひらに戻ってくる。

    苺は、やっぱり特別な顔をしている。

    でもその特別は、誕生日ケーキの上だけにあるわけじゃなかった。

    お弁当箱のすみっこにも。
    実家近くのハウスの中にも。
    娘の小さな手のひらにも。
    私の中に残っていた、子どものころの小さなうらやましさの中にも。

    苺は、ちゃんとあった。

    赤くて、甘くて、少しだけすっぱい。
    今の私を支えてくれる、思い出みたいな味がする。

    喜木 拝


    #ビンゴエッセイ

    凛花さんの企画に参加します。
    お題でビンゴを狙っています。

    今回のお題は「苺」。

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    凛花さんの記事より拝借


     
     
    本が好きなのに、今は読めないあなたへ。 本とことばで、忙しい毎日に小さな余白を届けます。 図書館司書/4歳娘の母/ブックシェアコーディネーター。 メンバーシップ「凛のことのはライブラリー」運営中。

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