
白バイとポリスストーリーと、取り残された父。
最近、笑ったことを思い出そうとして、スマホの動画を開いた。
そこには、井の頭公園での、なんともいえず平和で、なんともいえず可笑しい家族の一場面が残っていて。
娘と夫が、白バイの乗り物に乗っている。
子ども向けの、よくある遊具だ。
数分だけ動いて、少し揺れて、それだけのものなのに、その日はなぜか、夫の中で壮大な演出が始まっていた。
夫はおもむろにスマホを取り出し、音楽を流した。
しかも、ジャッキー・チェンのあの音楽である。
「これなに?」
白バイにまたがった娘が、不思議そうに聞く。
夫は、まじめな顔で答える。
「ポリスストーリーです」
いや、そうだけど。
そうなんだけど、まだ3歳児には早い。
白バイの遊具に乗っているだけの娘に対して、ずいぶん本格的な世界観を持ち込んできたなと思う。
そのあと夫は、すっかり気分が乗ってしまったのだろう。
白バイに合わせて体を揺らしながら、「ウ~」とサイレンの真似まで始めた。
本人の中ではきっと、かなりの臨場感だったはずだ。
娘と二人で、井の頭公園の平和を守るつもりだったのかもしれない。
けれど、娘はそうは思わなかった。
「やめて~」
そう言って、白バイから降りてしまったのである。
たぶん、怖かったのだ。
思っていたより揺れるし、しかも隣で父が本気のテンションで「ウ~」とか言っている。
白バイに乗りたかっただけなのに、急に事件性が出てきたら、そりゃ降りたくもなる。
そして、娘が去ったあと、白バイには夫だけが残された。
その顔が、またよかった。
すごく真顔だった。
置いていかれた人の顔をしていた。
さっきまでノリノリでポリスストーリーを始めていた人が、急に現実に戻されて、ぽつんと白バイに取り残されている。
その温度差があまりにも見事で、動画を見るたびに笑ってしまう。
笑える動画というのは、何か特別な事件が映っているわけではない。
むしろ、こういうどうでもいいような一瞬なのだと思う。
夫が少し張り切りすぎて、娘が少し引いて、最後にひとり取り残される。
ただそれだけのことなのに、その中にその人らしさが全部出ていて、何度見てもおかしい。
娘はたぶん、本気で嫌だったのだろう。
夫はたぶん、本気で盛り上げたかったのだろう。
そして私は、その両方をちょっと離れたところから見ていて、あとから何度も笑う。
家族って、こういう小さな可笑しさの積み重ねでできているのかもしれない。
大笑いするほどではなくても、あとから見返すと、じわじわくる。
そのときは必死でも、少し時間がたつと、愛しい喜劇になる。
最近、笑ったこと。
それは井の頭公園の白バイの上で、ジャッキー・チェンの音楽に乗りきれなかった娘と、取り残された夫の真顔だった。
スマホの中には、こういう小さな笑いが残っている。
疲れた日に見返すと、ふっと力が抜ける。
ああ、うちの家族、やっぱりちょっとおもしろいなと思う。
そしてきっと何年かたったら、この動画はもっとおもしろくなる。
娘が大きくなって、「なんでこんなことしてるの」と笑う日が来るのかもしれない。
そのとき私は、今と同じように、いや、今以上に笑うのだろう。
喜木 拝
「最近、笑ったこと」
