
水色のクリームと、少しお姉さんになる君へ
家の中が、ようやく静かになった。
聞こえてくるのは、冷蔵庫の低い音と、ボウルの中でクリームを混ぜる小さな音だけ。
明日は、娘の4歳の誕生日だ。
「ケーキは、すみっコぐらしの『とかげ』がいい!」
そう言った娘の顔を思い浮かべながら、白いクリームに水色を少しずつ混ぜていく。
一滴では、まだ白い。
もう一滴入れると、ほんのり空の色になる。
濃すぎないように、でも、娘が見た瞬間に「とかげだ」とわかるように。
慎重に混ぜているつもりなのに、思っていた色とは少し違う気もする。
きれいな水色を作ることは、思ったより難しい。
子育ても、少し似ている。
こうしたいと思っていても、なかなか思いどおりにはならない。
やさしくしたいのに、余裕がなくなる日がある。
成長を見守りたいのに、つい先回りしてしまうこともある。
正解を探しているうちに、今日も一日が終わっていく。
それでも娘は、私の迷いなど知らないまま、少しずつ大きくなっている。
春から始まった、新しい生活。
知らない場所。知らない先生。知らないお友だち。
これまでとは違う世界へ、小さな足で踏み出した。
最初から何もかもうまくできたわけではない。
離れたくなくて泣いた日もあっただろう。
思っていることを、うまく言葉にできなかった日もあっただろう。
家に帰ってきた途端、張りつめていたものが切れたように甘える日もあった。
けれど、娘の口から聞く名前は、少しずつ増えていった。
先生の名前。
お友だちの名前。
遊んだこと。歌った歌。見つけたもの。
私の知らないところで過ごした時間を、自分の言葉で話してくれるようになった。
娘の世界には、もう私の知らない景色がある。
少し寂しい。
でも、それ以上に、うれしい。
ずっと私の手の中にいたように思っていた子が、自分の足で世界を歩き始めている。
泣いた日も、笑った日も。
できなかったことも、できるようになったことも。
そのすべてが、娘が少しずつ自分の世界を広げてきた証なのだと思う。
ボウルの中のクリームは、ようやく淡い水色になった。
明日は、これをケーキに塗って、「とかげ」の顔を作る。
きっと、お店で売られているケーキのようにはならない。
クリームはでこぼこになるかもしれないし、目の位置も少しずれるかもしれない。
出来上がったものを見て、私自身が「これは本当に、とかげに見えるだろうか」と不安になる気もする。
それでも、四歳になる娘のために、今夜、私は水色のクリームを混ぜている。
明日の朝、ケーキを見つけた娘は、どんな顔をするだろう。
目を丸くしてくれるだろうか。
「とかげだ!」と笑ってくれるだろうか。
それとも、私が想像していなかったところを、冷静に指摘されるだろうか。
どんな反応でも、きっと私は笑ってしまう。
4年前、あなたが生まれた日の私は、4歳のあなたをまだ知らなかった。
こんなふうに好きなものをはっきり伝えることも。
新しい世界へ、小さな足で踏み出していくことも。
私の知らない歌や名前を、得意そうに教えてくれることも。
何ひとつ、知らなかった。
ただ、無事でいてほしいと願っていた。
それだけだった。
あれから4年。
当たり前のように迎えている毎日は、本当は当たり前ではない。
あなたが泣いて、笑って、怒って、甘えて。
今日まで大きくなってくれたこと。
明日、4歳の誕生日を迎えられること。
そのことが、ただ、ありがたい。
水色のクリームを、最後にもう一度だけ混ぜる。
3歳のあなたに会える夜は、今夜で最後だ。
明日からは、少しお姉さんになったあなたがいる。
けれど、急いでお姉さんにならなくてもいい。
できないことがあってもいい。
泣いても、甘えても、立ち止まってもいい。
あなたの速さで、あなたの世界を広げていけばいい。
私はその隣で、ときどき迷いながら、あなたの好きな色を作っていく。
少しくらい不格好でも。
思い描いたとおりにならなくても。
ありったけの愛情を混ぜながら。
四歳のお誕生日、おめでとう。
生まれてきてくれて、今日まで育ってくれて、ありがとう。
喜木 拝