
迷ったら両方。4歳は、迷わず両方
「どっちがいい?」
「りょうほう!」
少し前、4歳の娘に「どっちがいい?」と聞いたときのこと。
何について聞いたのかは、もうよく覚えていない。
こちらとしては当然、どちらかを選ぶものだと思っていた。
ところが娘は、迷う様子もなく、自信満々に答えた。
「両方!」
その答えに、私はちょっとびっくりした。
いやいや、「どっちがいい?」って聞いたじゃん。
どっちかを選ぶんじゃないの?
そう思った時点で、私はもうずいぶん「大人」だったのかもしれない。
そんな出来事を思い出したのは、マイトンさんの「優柔不断にも程がある。」を読んだからだ。
マイトンさんは、子どもの頃、迷っていると決断を迫られた経験と、大学時代の先輩から教わった「迷ったら両方や」という言葉について綴っていた。
読みながら、あのときの娘の声がよみがえった。
「両方!」
そうか。
娘にとっては、まだ「どちらかを選ばなければならない」という前提そのものがなかったのかもしれない。
私は「どっちがいい?」と聞かれたら、どちらかを選ぼうとする。
AかBか。
やるか、やらないか。
続けるか、やめるか。
いつの間にか、問いのなかに用意された選択肢から答えを選ぶことに慣れてしまった。
けれど、本当は。
両方でもいい。
どちらも選ばなくてもいい。
まったく別の答えを出してもいい。
「どっち?」と聞かれたからといって、世界まで二つに分かれているわけではない。
4歳の娘は、そんなことを考えていたわけではないだろう。
ただ、どっちも欲しかっただけ。
どっちも好きだっただけ。
だから、素直に「両方!」と言った。
その自由さが、少し羨ましい。
これから娘も、たくさんの「どっち?」に出会うのだろう。
どっちが好き?
どっちが正しい?
どっちを選ぶ?
将来はどうする?
そうやって少しずつ、「選ばなければならない」というルールを覚えていくのかもしれない。
もちろん、選ぶことは必要で。
両方は無理なことだって、たくさんある。
それでも。
「どっちがいい?」と聞かれたとき、自信満々に「両方!」と言える自由を、できるだけ長く持っていてほしい。
そして私は、大人になって置いてきてしまったその自由を、ときどき娘から借りたい。
迷ったら両方。
いや。
迷っていなくても、両方。
そんな答えがあってもいい。
喜木 拝