
鉄婚式の日に、グレーのネクタイを選ぶ
今日は、結婚記念日。
そして、付き合った記念日でもある。
ふたりの始まりと、家族になった日が、同じ日に重なっている。
結婚6周年は、鉄婚式というらしい。
鉄、と聞くと、少し無骨で、重たくて、簡単には曲がらないものを思い浮かべる。
きらきらした宝石ではなく、やわらかな花でもなく、毎日の暮らしの中に静かにある強さ。
そう考えると、6年目のわたしたちには、なんだかちょうどいい気がした。
今年、夫へのプレゼントに選んだのは、ネクタイピンとネクタイだった。
ステンレス製ではないけれど、鉄婚式らしく、身につけてもらえるものがいいなと。
ネクタイは、ちょっと渋いグレー。
自分では決めきれなくて、百貨店のおねえさまに頼りながら、最後は娘に選んでもらった。
夫にセンスを褒められて、私は朝から上機嫌に。
夫に似合うものを、娘と一緒に選ぶ。
それだけで、なんだか胸がいっぱいだ。
付き合い始めたころには、こんな日が来るなんて想像していただろうか。
ネクタイ売り場で、小さな娘が父親への贈り物を選んでいる。
その横で、母になったわたしが、少し照れながら見守っている。
昨年の記念日は、娘を預けて、横浜でミュシャ展を見た。
久しぶりに夫婦だけで歩く時間は、少し懐かしくて、少し特別で。
今年は、家族で過ごした。
娘の行きたい遊び場へ行き、夫が一緒に入ってくれた。
その間、わたしはひとりで本屋さんをぶらつく時間をもらった。
記念日なのに、ひとりで本屋さん。
でも、わたしにとっては、それがとても贅沢で。
誰にも急かされず、棚の前で立ち止まる。
背表紙を眺める。
気になる本を手に取る。
数ページだけ読んで、また棚に戻す。
たったそれだけの時間が、今のわたしには宝物みたいで。
娘が寝たあと、スタバでヨーグルトのフラペチーノを飲んだ。
甘くて、冷たくて、少しだけ非日常の味がした。
昔の記念日は、もっと「特別なこと」をしなければいけないと思っていた気がする。
素敵なレストランに行くとか、どこか遠くへ出かけるとか、写真に残るような一日を過ごすとか。
でも今年の記念日は、娘の行きたい場所へ行って、夫に少し甘えて、本屋さんで息をして、寝ている娘のそばでフラペチーノを飲んで、ケーキを買って帰った。
そして、みんなでケーキを食べた。
それだけ。
でも、その「それだけ」の中に、6年分の暮らしがちゃんとあった。
結婚生活は、毎日がロマンチックなわけではない。
洗濯物はたまるし、予定はずれるし、疲れている日は言葉が足りなくなる。
娘の機嫌に振り回される日もあるし、自分の余裕のなさに落ち込む日もある。
それでも、こうして同じ日に立ち止まって、
「今年も一緒にいるね」
と思えることは、やっぱりすごいことなのだと思う。
鉄婚式。
鉄は、磨けば光る。
使えば傷もつく。
でも、簡単には壊れない。
わたしたちの6年も、きっとそういうものだった。
ぴかぴかではない。
新品のままでもない。
でも、日々の中で少しずつ鍛えられて、家族の形になってきた。
渋いグレーのネクタイを、夫がいつか身につけてくれる日が楽しみだ。
それを見るたびに、今日のことを思い出すかもしれない。
百貨店で迷いに迷って娘に頼るわたし。
遊び場に入ってくれた夫の背中。
本屋さんでひとり深呼吸した時間。
眠る娘のそばで飲んだ、ヨーグルトのフラペチーノ。
家に帰って、みんなで食べたケーキ。
大きなイベントではなかった。
でも、たしかに記念日だった。
6年前のわたしたちへ。
こんな未来になりました。
ふたりで始まった日が、
今は三人でケーキを囲む日になりました。
喜木 拝
