
本屋さんも、図書館も、いつかの喫茶店も。|ゆ。さんとの往復書簡・第二通
この記事は、ゆ。さんからいただいたお手紙への返事です。
往復書簡を全6通、ひとり3通ずつ送る予定です。
私からお送りした最初のお手紙はこちらです👇
ゆ。さんへ
ゆ。さん、お手紙をありがとうございます。
「とびっきり大きな、ありがとうの花束」、たしかに受け取りました。
こんなにもたくさんの「ありがとう」をいただけるとは思っていなくて、読みながら胸がいっぱいになりました。
まず、リンクの貼り方が分からなかったことは、どうか気にしないでくださいね。
私の名前を書いてくださったことも、読んでくださる方へ紹介しようとしてくださったことも、それだけで十分に嬉しかったです。
そして、私の記事をすべて読めていないことも、申し訳なく思わないでください。
五年近く書き続け、もう自分でも見失いそうになるほど記事が増えてしまいました。
全部読もうとしたら、それだけで大仕事です。
どうかご無理のない範囲で、気になる記事を、気になるときに読んでいただけたらと思います。
ゆ。さんからスキが届くたび、
「ああ、この記事を読んでくださったのだな」
と、私はひそかに嬉しくなっていました。
急がなくても、順番どおりでなくても大丈夫です。
本との出会いと同じように、そのとき必要な言葉と、必要なときに出会っていただけたら嬉しいです。
ゆ。さんから見た、私との最初の出会いも教えてくださり、ありがとうございます。
ある日、Xのおすすめに私のアカウントが現れ、そこからnoteへたどり着いてくださったこと。
私の言葉を、ご自身がそのとき求めていたもののように感じてくださったこと。
そして、私の記事を読んだことが、「無理をすることを、もうやめよう」と考えるきっかけのひとつになったこと。
一つひとつの言葉を、何度も立ち止まりながら読みました。
私は、誰かを導こうと思って書いてきたわけではありません。
迷ったとき、苦しくなったとき、自分がどこにいるのかを確かめるために書いてきました。
自分のために置いた小さな目印が、偶然ゆ。さんの目にも留まり、少しだけ足元を照らせたのだとしたら。
書き続けてきて、本当によかったと思います。
「書くことで、自分を整える」というテーマにも共感していただけて、とても嬉しいです。
書けば、すぐに答えが出るわけではありません。
けれど、頭の中で絡まっていたものを、一つずつ言葉にして外へ置いてみると、自分が何に苦しみ、何を大切にしたいのかが、少しだけ見えることがあります。
ゆ。さんが、ご自身の生活を一番に考えながら、無理なく、楽しく言葉を紡いでいらっしゃること。
その姿こそ、「書くことで、自分を整える」を実践されているように感じました。
ゆ。さんの言葉は、もう、ゆ。さんにしか書けないものです。
noteを始めてからの長さと、その言葉が誰かへ届く力は、きっと別のものなのだと思います。
さて、ここからは、ゆ。さんからいただいた質問にお返事しますね。
最初の質問は、
「凛さんにとって、書店は、今、どんな存在でしょうか?」
でした。
書店は今でも、大好きな場所です。
働く場所ではなくなった今も、本屋さんへ行くと、つい長居してしまいます。
新刊の並び、平台の見せ方、店員さんの手書きのPOP。
棚を眺めているだけで、「こんな本が出ていたのか」と、次々に欲しい本が増えていきます。
買う予定のなかった本を手に取り、気づけば何冊も抱えていることもあります。
図書館で働いていても、本屋さんへ行く楽しさは、まったく別のものです。
そして私にとって書店は、「本に関わる仕事をする私」が始まった場所でもあります。
活字が読めなくなり、就職活動を諦めたあと、もう一度働く場所として受け入れてくれたのが、大学時代にアルバイトをしていた書店でした。
だから書店は、好きな本と出会う場所であると同時に、私がもう一度社会へ戻るための入口でもあったのだと思います。
次に、書店と図書館の違いについて。
以前、質問箱でも考えたことがありました。
https://note.com/qa/rin_plesauretree/q/b867f0ea9c7408547324ff235a648916
そのとき私は、
書店は、「いま読みたい本」と出会う場所。
図書館は、「知りたいことを探し、残された資料に出会う場所」。
と答えました。
書店には、新刊や話題の本、季節のフェアなど、「今、この本と出会ってほしい」という棚があります。
店員さんの選び方や並べ方によって、思いがけない一冊と出会える場所です。
そして、気に入った本を買い、自分の本棚へ連れて帰ることができます。
一方、図書館は、本を分類し、探したい資料へたどり着けるようにする場所です。
今たくさん読まれている本だけではなく、昔の資料や専門的な資料、地域の記録などを残していく役割もあります。
買うかどうか迷う本でも、まずは借りて試せる気軽さもあります。
書店と図書館のどちらが上ということではありません。
偶然の一冊に出会うことも、必要な一冊を探し出すことも、本と人をつなぐ大切な入口です。
では、なぜ私は、書店から図書館へ移ったのか。
書店で働きながら司書資格を取得したものの、最初から立派な理想を抱いて司書を目指したわけではありません。
本屋さんと同じくらい、図書館という場所も好きだったから。
まずは、それが大きかったように思います。
書店を嫌いになって離れたわけでも、本を売る仕事より貸す仕事を選んだわけでもありません。
今振り返ると、本と人のあいだに立つ方法を、もう一つ知りたかったのかもしれません。
書店で本を手渡すこと。
図書館で、探している資料へ案内すること。
形は違っても、どちらも私の好きな仕事です。
そして、書店への思いは、今も未来の夢の中に残っています。
いつか喫茶店を開けたら、という、ささやかな野望があります。
そこへ小さな本屋さんも一緒に開けたら……と、さらに夢を膨らませてしまうことがあります。
温かい飲み物を片手に、本をゆっくり選べる場所。
一人で静かに過ごしてもいいし、誰かと本の話をしてもいい。
気に入った一冊は、家へ連れて帰ることもできる。
そんな場所を想像するだけで、楽しくなります。
ゆ。さんがnoteで開いている「小さなお茶会」に、凛の小さな本棚を持ってお邪魔する。
私たちの往復書簡は、すでに、期間限定の小さなブックカフェのようなものなのかもしれませんね。
最後に、私からも、ゆ。さんへ一つ質問を贈ります。
もし、ゆ。さんの「小さなお茶会」に、本棚を一つ置くとしたら、どんな本を並べたいですか?
具体的な本でも、好きなジャンルでも、その棚を訪れる人に届けたい本でも。
ゆ。さんだけの本棚を、よかったら見せてください。
お返事は、もちろん急がずに。
次のお茶会が開かれる日を、楽しみに待っています。
とびっきり大きな「ありがとう」の花束から、一輪をこの手紙に挟んで。
喜木 拝