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わが家の最強エスパーは、3歳の娘。

    わが家には、心理職の夫がいる。
    人の心を扱う仕事をしている、頼もしそうな人である。
    なのに、家の中でいちばん人の気持ちを読んでいるのは、たぶん3歳の娘。

    もちろん、娘は専門書なんて読まない。
    発達心理も、カウンセリング理論も知らない。
    それでも彼女は、母である私の声がいつもより少しだけ上ずっていることや、笑っていても瞳の奥が疲れていること、「だいじょうぶ」と言ったあとの、ぜんぜん大丈夫ではない吐息を、驚くほど正確にキャッチする。

    私はもともと、考えるのが好きな人間である。
    好き、というと聞こえはいいけれど、実際にはぐるぐるしがちで。
    ひとつ気になることがあると、頭の中で何度も反芻して、まだ起きてもいない未来に勝手に傷ついたりする。

    夫は夫で、心の内をあまり派手には見せない。
    やさしい人ではあるのだけれど、そのやさしさはふわっと抱きしめる感じではなく、必要なときにさっと差し出されるタオルとか、黙って補充される麦茶とか、そういう実務に近いかたちで現れる。
    つまり、感情を大きく掲げて生きる夫婦ではない。

    しかし娘だけはちがう。

    たとえば、私が「今日は早く寝よう」と思っている日に限って、娘は妙にテンションが高い。
    偶然かもしれない。
    でも、どう考えてもこちらの消耗を見抜いた上で、「ママ、いっしょにあそぼ?」「まだねない」「このほん、よんで」と、いちばん心の柔らかいところを攻めてくる。

    逆に、私がほんとうに落ち込んでいる日は、不思議とぴたりとくっついてくる。
    余計なことは言わない。
    まだ言葉の精度は大人ほど高くないはずなのに、その日だけやたらと「だいじょうぶ?」の使いどころが的確だったりする。
    あの小さな人は、いったいどこでこちらの気配を学んだのだろう。

    この前も、幼稚園の準備やら家のことやらで、私は朝から少しばかりいっぱいいっぱいだった。
    自分では平静を装っていたつもりだった。
    いつも通りに着替えさせて、いつも通りに髪を結んで、いつも通りに朝ごはんを並べた。

    すると娘が、私の顔をじっと見て言った。

    「ママ、わらって?」

    その瞬間、ぎくりとした。
    笑っていたつもりだったから。
    少なくとも、怒ってはいなかった。
    けれど、私の顔には「急いでいる」と「疲れている」と「もうこぼさないでほしい」が、ものすごくうっすら同時に浮かんでいたのかもしれない。

    怖い。
    この子、見えている。

    心理職の夫にこの話をすれば、理論立てて説明することもできるのだろう。
    子どもは養育者の表情や声色に敏感で、日常的に非言語的な情報を多く受け取っていて、うんぬんかんぬん。
    でも私は、そういう説明を聞く前に、単純に思ってしまう。

    うちのエスパー、かなり精度が高いな、と。

    しかも娘の読心術は、こちらが隠したいものほどよく当てる。
    「ママ、ねむい?」
    「かなしい?」
    「だいじょうぶ?」

    ときどき、そんなに見抜かないでほしいと思う。
    母親という役は、できれば少しだけ強そうに見えていたい。
    ちゃんとしているふうでいたい。
    少なくとも、夕方の台所で魂が半分抜けていることくらいは、気づかれずにいたい。

    でも、たぶん無理。

    子どもは、こちらの完成形ではなく、いま目の前にいる“そのまま”を見ている。
    取り繕った言葉より先に、呼吸の浅さとか、返事の間とか、そういうものを受け取ってしまう。
    そしてその受け取ったものに対して、驚くほどまっすぐに反応してくる。

    それはときどき、まぶしい。
    ときどき、痛い。
    けれど、ありがたいことでもある。

    大人になると、人は案外、見て見ぬふりが上手になる。
    相手の疲れにも、寂しさにも、気づいていても触れないことがある。
    そのほうが楽な場面もあるし、礼儀として必要な距離もある。

    しかし娘は、まだそういう迂回を知らない。
    気づいたら気づいたまま、「どうしたの」と来る。
    その無邪気さに救われる日が、わが家にはたしかにある。

    人の心を読む能力というのは、むずかしい言葉を知っていることではなくて、目の前の人の小さな変化にちゃんと気づけることなのかもしれない。

    そう考えると、わが家でいちばん読心術が使えるのは、やっぱり娘で。
    心理職の夫でもなく、ぐるぐる考える私でもなく、まだ世界に出会ったばかりの、あの小さな人。

    今日も私は、「大丈夫だよ」と言いながら、ちっとも大丈夫じゃない顔をする。
    夫は、何も言わずにゴミをまとめたり、麦茶をついだりする。
    そして娘だけが、その一部始終を見ている。

    見て、全部わかっている。

    ……いや、やっぱりちょっとこわい。

    そんなエスパーが毎晩「もういっかい絵本よんで」と無慈悲なアンコールを送ってくるので、結局わが家の夜に平和は訪れないのである。

    喜木 拝


    (1885文字)

    #なんのはなしです家

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    本が好きなのに、今は読めないあなたへ。 本とことばで、忙しい毎日に小さな余白を届けます。 図書館司書/4歳娘の母/ブックシェアコーディネーター。 メンバーシップ「凛のことのはライブラリー」運営中。

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