
書斎に憧れて。―ダイニングテーブルの片隅から―
いつか、自分だけの書斎を持ちたい。
そう願いながら、今日もダイニングテーブルにノートを広げる。
紅茶の香りと、子どもの笑い声。これが、いまの“わたしの書斎”だ。
書斎という言葉を聞くと、むくむくと憧れが顔を出す。
静かな窓辺に木の机。お気に入りの椅子と、柔らかな灯り。
棚には、本と手帳とお気に入りの万年筆。
そんな空間で、自分の心の声と向き合う――
いつか、そんな日が来たらいいなと。
古い小説の挿絵みたいに、埃っぽい陽光が差し込み、ページをめくる音だけが響く部屋。想像するだけで、胸の奥がそっと熱を帯びる。
けれど現実の私は、リビングの片隅に座っている。
テーブルの上には、娘の折り紙とクレヨンの跡。
「ママ、いっしょにおえかきしよ」と言われれば、
ノートを閉じて、すぐに色鉛筆を手に取る。
娘の小さな手が、私の指を絡め取るように握ってきて。
あの瞬間、締め切りやアイデアの断片なんて、すべて遠い世界の話になる。
そんな日々のくり返しの中で、
“自分の時間”はいつも少し後回しになってしまう。
でも、娘が寝たあとのこのテーブルだけは違う。
照明を少し落として、湯気の立つマグカップを置く。
ページをめくる音と、キーボードをたたく音だけが響く。
その静けさの中で、ようやく一日のざわめきがほどけていく。
今日の失敗、明日の不安、そして、公園で摘んだ小さな花びらのような幸せの断片。それらをノートに書き出していくと、不思議と心が軽くなる。
まるで、散らかったテーブルの奥に眠る引き出しを開けるみたいに。
書くことは、私にとって“心の整理”みたいなもの。
言葉を並べるたび、頭の中の霧が晴れていく。
今日感じたこと、うまくいかなかったこと、
そして、小さな幸せの断片たち。
だからこの場所は、たとえクレヨンの跡が残っていても、わたしの中では立派な“書斎”なのだ。
豪華な家具なんてないけれど、ただ座るだけでいい。
ある夜、娘が眠る前に、テーブルの上を指さして言った。
「ママ、ここ、おしごとのおへや?」
その無垢な瞳に、ふっと笑ってしまった。
そうだね。ここはママの“おへや”なんだよ。
お仕事でもあり、夢を描く場所でもあるんだ。
娘はくすくす笑って、目を閉じた。
書斎は、部屋でも家具でもなく、
“心が落ち着く場所”のことなのかもしれない。
紅茶の香りと、静かな夜風。
心の中に小さな明かりが灯るとき、
そこに“わたしの書斎”は生まれる。
いつか本棚と机のある書斎を持てたらいい。
でも、いまのこの場所にも、
たしかに「わたしの居場所」はある。
娘の寝息と夜の静けさに包まれて、
今日も、ダイニングテーブルの片隅で、
小さな夢を綴っている。
喜木 拝