
世界の周波数を探していた。
高校生のころ、私は洋楽にかぶれていた。
英語が、なんだかカッコよくて。
歌詞の意味なんてたいしてわかっていない。それでも邦楽より洋楽を聴いているほうが、ちょっとだけ「世界の本筋をわかっている人」になれる気がした。
ラジオもそうだった。
テレビよりラジオ。
しかも、できれば深夜ラジオ。
そのほうが、なんとなくツウっぽい。
今思えば、ものすごくわかりやすく背伸びをした高校生である。
そんな私の部屋には、おじいちゃんに買ってもらったミニコンポがあった。CDが聴けて、MDもついている。
MD。
今の高校生には、もう説明が必要な言葉かもしれない。
お気に入りの曲を一枚のディスクにまとめていく。曲順を考え、インデックスカードにペンで文字を書き込む。
その不器用な編集作業の時間も含めて、たまらなく愛おしかった。
高校生になったころ、妹と部屋が別になった。
それまで共有していた部屋が、自分ひとりのものになった。
ドアを閉めれば、ひとり。
夜になっても、ひとり。
それが、うれしかった。
別に家族が嫌だったわけではない。
ただ、自分だけの部屋で、自分だけが起きていて、自分好みの音だけを鳴らしている。
それだけで、急に大人になったような、世界の主導権を握ったような気がしして。
私が育ったのは、東京の田舎で、近くには横田基地がある。
ある夜、ミニコンポのラジオをいじって、基地の放送を探してみた。
ダイヤルをクルクル回す。
ザーッ。
ザーッ。
少し回す。
ザーッ。
戻す。
ザーッ。
また少し回す。
その単調な作業の果てに、やがてノイズの隙間から、はっきりとした英語が滑り込んでくる。
「あ、入った」
それだけで、心臓が跳ねた。
何を話しているのかは、1ミリもわからない。
それなのに私は、部屋のなかで背筋をピンと張り、いかにも世界情勢や洋楽カルチャーに通じているかのような、ものすごく得意げな顔をしていた。
誰も見ていないのに。
窓の外には、昨日までと何も変わらないアスファルトの道路があり、いつもの家並みが並び、少し行けば学校がある。
私自身も、昨日の子どもから何ひとつアップデートされていない。
それなのに、ノイズの向こうから英語が聞こえてきただけで、自分の部屋に小さな抜け道ができたような気がした。
ここではない、どこかへつながる、秘密の抜け道が。
夜には、福山雅治さんのラジオも聴いた。
家族が寝静まったあと、自分だけが世界に取り残されたように起きていて、ミニコンポから流れてくる大人の声を独り占めする。
その時間が、好きだった。
もちろん、翌朝になれば何食わぬ顔で学校へ行く。
制服を着て、いつもの電車に乗って、友達と他愛のない話をする。
昨日の夜に世界の秘密をひとつ知ったような顔をしていても、実際には自分の進路すらまともに見えていない、ただの子どもだった。
それでも夜になれば、またラジオのスイッチを入れた。
洋楽を聴く私。
MDの曲順に悩む私。
横田基地の電波を拾う私。
深夜にひとりでラジオを聴く私。
たぶん私は、そういう自分がけっこう好きだったのだと思う。
「みんなが知らないものを、私はちょっと知っている」
本当は何も知らないのに。
むしろ、わからないことだらけだったのに。
だからこそ、ノイズの向こう側に何かがあることが、うれしかったのかもしれない。
あれから、ずいぶん時間が経った。
MDは、いつの間にか見かけなくなった。
ラジオだって、ノイズに耳を澄ませながら周波数を探さなくても、指先ひとつでクリアに聴ける。
知らない言葉があれば、その場で瞬時に調べられる。
あのころより、世界はずっと簡単につながるようになった。
そして私は今、自分でも音声配信をしている。
自分の声を録音して、顔の見えない誰かへ届けている。
高校生の私が知ったら、どう思うだろう。
「え、ラジオに出てるの?」
たぶん、ちょっと勘違いする。
違うよ、と私は言う。
そんな大層なものじゃない。
でも、自分の声が知らない誰かのところまで届くという意味では、あのころ夢中になったものと、どこか似ている。
おじいちゃんに買ってもらったミニコンポ。
妹と別になって手に入れた、自分だけの部屋。
夜。
ザーッというノイズ。
ダイヤルを少しずつ回す指。
あのころの私は、遠くの世界につながりたくて、周波数を探しているつもりだった。
でも今振り返ると、少し違って見える。
どこか遠くへ行きたかったわけではない。
たぶん私は、
ここにいる自分が、いったい何者なのかを知りたかった。
洋楽にかぶれて。
ラジオを聴いて。
ちょっと大人ぶって。
誰も見ていない部屋で、ひとり得意げになって。
何が聞こえてくるのかもわからないのに、私は何度も周波数を探した。
ザーッ。
ザーッ。
違う。
もう少し回す。
ザーッ。
戻す。
ほんの少しだけ。
ザーッ。
……
あ、ここだ。
喜木 拝