メインコンテンツへスキップ
見出し画像
Photo bynyakopan

忘れたい本は、一冊しかない。|伊坂幸太郎『アヒルと鴨のコインロッカー』

    私は、読んだ本をよく忘れる。

    けれど、忘れたい本は一冊しかない。

    伊坂幸太郎さんの『アヒルと鴨のコインロッカー』だ。

    「忘れたい」と言うと、つまらなかった本や、読んで後悔した本のように聞こえるかもしれない。

    けれど、まったく逆である。

    忘れて、もう一度「初めて」読みたい。

    そんな、かなわない願いを抱いてしまう一冊なのだ。

    読書記録は続かないけれど

    私はこれまで、何度も読書記録に挑戦してきた。

    ノートに手書きしてみたり、読書記録のアプリを使ってみたり。

    始めるたびに「今度こそ続けよう」と思うのだけれど、気づけばいつの間にか止まっている。

    読書は続いているのに、記録だけが続かない。

    だから、ときどき困ったことが起きる。

    本屋さんでタイトルに惹かれて手に取り、読み始める。

    数ページ進んだところで、なんとなくデジャ・ビュを覚える。

    それでもしばらく読み進めて、ようやく気づく。

    「あ、この本、読んだことがある」

    自分でも笑ってしまう。

    読書記録をきちんとつけていれば、防げたことかもしれない。

    けれど、最近はそれも悪くないと思っている。

    同じ本を、もう一度「読みたい」と思えたということだから。

    細かい内容を忘れているぶん、少し新鮮な気持ちで読めることもある。

    忘れることは、ときどき本との再会を、もう一度出会いに近づけてくれる。

    それでも、『アヒルと鴨のコインロッカー』だけは、中途半端にではなく、まっさらな状態まで忘れてみたい。

    広辞苑を盗むために、本屋を襲う

    大学時代、友人にすすめられたことをきっかけに、私は伊坂幸太郎さんの作品に夢中になった。

    『アヒルと鴨のコインロッカー』も、そのころに出会った一冊だ。

    物語は、大学へ入学するために引っ越してきた椎名が、同じアパートに住む風変わりな青年と出会うところから始まる。

    初対面に近いその青年から持ちかけられたのは、本屋を襲う計画だった。

    しかも、目的はお金ではない。

    たった一冊の広辞苑を盗むためだという。

    どうして、広辞苑なのか。

    なぜ、そこまでする必要があるのか。

    そもそも、この奇妙な出来事と「アヒルと鴨のコインロッカー」というタイトルが、どうつながるのか。

    わからないことばかりなのに、軽妙な会話に誘われるまま、ページをめくってしまう。

    物語の断片が、少しずつ手元に置かれていく。

    けれど、それらが何を描いているのか、最初の私にはわからなかった。

    本は、一度も嘘をついていなかった

    あるところまで読み進めたとき、それまで見えていた景色が、突然違う形を取り始める。

    文字は何も変わっていない。

    登場人物が口にした言葉も、起きた出来事も変わらない。

    変わったのは、それを読んでいる私のほうだった。

    私はページを戻った。

    あの言葉は、そういう意味だったのか。

    あの場面には、こんな気持ちが隠れていたのか。

    読み返すたびに、さっきまでとは違う物語が立ち上がってくる。

    本は、一度も嘘をついていなかった。

    必要なことは、最初から書かれていた。

    ただ私は、自分が見たいように物語を見て、自分がわかったつもりになれる形に、断片を並べていただけだった。

    それは、少し怖いことでもある。

    私たちは、目の前にある一部分だけを見て、その人や出来事の全体を知ったつもりになる。

    自分の理解しやすい形に当てはめ、疑うことなく信じてしまう。

    けれど、立つ場所が変われば、同じ言葉の意味さえ変わることがある。

    この本が残したのは、仕掛けに驚いた興奮だけではなかった。

    誰かを理解することの難しさ。

    人の残酷さ。

    それでも誰かを大切に思う気持ち。

    軽やかな会話の奥にあった、どうしようもない切なさ。

    物語の全体像が見えてから、最初に読んだときには気づけなかった感情が、次々に胸へ押し寄せてきた。

    二度目には、二度目の物語がある

    もちろん、再読にも楽しさがある。

    結末を知ってから読み返すと、最初は通り過ぎていた言葉や、何気ないしぐさに気づく。

    登場人物の沈黙やためらいに、初読とは違う重さを感じる。

    伏線を探すだけではない。

    何が起きるのかを知っているからこそ、その人の優しさや寂しさが、いっそう鮮明に見えてくる。

    一度目と二度目では、まるで違う物語を読んでいるようだった。

    どちらの読書も大切だ。

    それでも、一度目の読書にしか開かない扉がある。

    何も知らずにページをめくり、自分の思い込みごと世界をひっくり返される瞬間。

    あの驚きと切なさは、一度しか味わえない。

    だから私は、この本を忘れたい。

    嫌いだからではない。

    もう一度、あの扉の前に立ちたいからだ。

    まだ読んでいないあなたへ

    司書として本を紹介するとき、私はいつも、その本の魅力をできるだけ伝えたいと思っている。

    どんな物語なのか。

    どんな人におすすめしたいのか。

    読めば、どんな気持ちになれるのか。

    けれど、『アヒルと鴨のコインロッカー』については、話せば話すほど、大切なものを奪ってしまう気がする。

    この本をまだ読んでいない人には、できるだけ何も知らないまま、ページを開いてほしい。

    奇妙なタイトルと、広辞苑を盗むための本屋襲撃。

    まずは、それくらいで十分だ。

    この本を初めて読む前の自分に、私はもう戻ることができない。

    だから、まだ読んでいないあなたが、少しだけ羨ましい。

    どうか、この感想文の内容は忘れてほしい。

    ただ、この書名だけを覚えて、本屋さんか図書館へ向かってほしい。

    『アヒルと鴨のコインロッカー』。

    読み終えたとき、あなたにも「この本を忘れたい」と思ってもらえたなら、こんなに嬉しいことはない。

    喜木 拝


    この記事が参加している募集

     
     
    本が好きなのに、今は読めないあなたへ。 本とことばで、忙しい毎日に小さな余白を届けます。 図書館司書/4歳娘の母/ブックシェアコーディネーター。 メンバーシップ「凛のことのはライブラリー」運営中。

    あなたへのおすすめ