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「部長!」って叫ばなくて、本当によかった……。

    2社目の勤め先での話をする。

    人間関係がよく、同じ”シマ”の同僚たちとはよくランチに出かけていた。

    その日もいつものように歩いていると、前から見覚えのあるスーツ姿の男性が歩いてくる。

    だれだっけ。
    名前が、出てこない。


    会社の近くを歩いているのだし、定年をとっくに過ぎていそうなお姿。
    たぶん職場の役員だろうとあたりをつけた。少しずつ距離が縮まってきたとき、わたしは、足をとめた。

    挨拶をするためだ。

    前の職場にいたとき、入社1週間目で先輩に怒鳴りつけられたことがある。

    部長の名を知らなかったからだ。
    部長といっても十人のうちの一人。本社にしかおらず、まったく関わりがなくて、特に珍しい名字でもないその方の名前を、どうやって知ればよかったのかはわからない。

    けれども、後から問題になるよりは挨拶するべきだ。
    そう、判断した。



    「ぶ……」



    わたしが言いかけたとき、隣にいた同僚が、「さ、三條さん!」とはずんだ声で腕をつかんだ。

    「あ、あの方」

    部長ですよね、と口に出す前に、同僚は小声で言った。




    「しおじいですよ、しおじい!」




    わたしの時は止まった。




    「シ、シオジー……?」




    頭の中で子どものころの記憶が早回しで再生されていく。
    ばらばらになっていたパズルのピースがカチカチと集まってくるように記憶が構成されていって、わたしはようやく答えにたどり着いた。

    「し、塩爺……?」

    「そうですそうです。きゃー!」




    今にもわたしとすれ違いそうなその男性は、職場の取締役ではなかった。
    部長じゃない。



    小泉内閣で財務相を務めていた、政治家の塩川正十郎さんだったのだ。



    この記事から考えると、わたしがすれ違ったころの「塩爺」は、すでに90代になられていたと思われる。
    足取りはゆっくりながらも、品よくシャキッと歩いていたのが印象的だった。


    同僚とわたしのすべてのやり取りは小声で行なわれた。
    そんなことを微塵も感じさせないように、わたしたちは目を伏せてしずしずと塩爺の横を通り過ぎたのだった。




    ああ、よかった。

    「部長、おつかれさまです!!!!!!」と、叫ばなくて。



    ちなみに、日比谷公園でお弁当を食べていたら、同じく政治家の片山さつきさんに声をかけられた。

    長い東京生活でお見かけした有名人はほとんどいない。
    そしてその大半が有名な政治家さんなのだった。

    この経験から学んだ。
    有名人を見たとき、脳がバグるということだ。頭が勝手に知人と結びつけようとするから、注意が必要だ。



    (1,000字)

    #なんのはなしですか



    ▼この挑戦中なので、しばらくゆるめの記事が続きます。

    進捗は1作目完成。
    2作目たぶん今日か明日に完成。
    書いた文字数は2作で6万字だけど推敲したら8~10万字になりそう。

    きょうはドキドキしながら待っていた小説が、2次で落ちてしまって悲しかったのと、熱量の高いうちにまとめて書くべく、10分ほどでゆるーいものを書いてみました。

    ▼まじめに書いた記事も貼っておきます。


     
     
    創作大賞2025/26中間選考通過(ミステリー小説&ホラー小説/エッセイ)│ 著書『時間が貯まる 魔法の家事ノート』(扶桑社/9刷)『365日のとっておき家事』(三笠書房)など国内外で9冊📚 │ 毎日更新4000日超✍️別名義で小説の大賞受賞歴があります。💛🏀🏹

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