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飛び交っている電波人間

    僕は、世に言う大学浪人生という人種だ。
    四畳半の自室に積み上げられた参考書の山、その隙間から漏れる蛍光灯の白い光だけが、世界のすべてだった。
    今日もまた、カフェインと焦燥感を燃料にして、思考のエンジンを無理やり回していた。
    連日の徹夜が祟ってか、頭の芯がずきずきと痛む。
    まるで、締め付けられた雑巾のように、脳が悲鳴を上げているようだった。
    その日は特に疲労が濃く、シャープペンシルを握ったまま、意識がゆっくりと沈んでいくのを感じた。

    ✅周波数1が始まった

    「ガガガガガ……。」

    突然、頭蓋骨の内部で直接鳴り響くような機械音に、僕は弾かれたように顔を上げた。
    心臓が大きく跳ねる。
    なんだ、今の音は。
    幻聴か。
    僕は息を殺し、耳を澄ませた。
    すると、ノイズの向こうから、信じられないものが聞こえてきたのだ。

    「……いやあぁ、今日も楽しかったですね。では次の曲……」

    それは、紛れもなく人間の声だった。
    しかも、何度も聞いたことのある声。
    勉強の合間に気晴らしで聞いていた深夜ラジオのDJの声だ。
    僕は混乱した。
    ラジオなんてつけていない。
    そもそも部屋にラジオなんてない。
    恐る恐る、頭の角度を変えたり、首を傾けたりしてみる。
    すると、音量が変わり、別のチャンネルらしき音声が混じり始めた。
    ニュースキャスターの声、やかましいCMソング、オーケストラの演奏。
    どうやら僕は、この頭で、世界に飛び交う電波を受信できるようになったらしい。
    疲労が生んだ幻覚か、それとも新たな才能の開花か。
    どちらにせよ、この日から、僕の退屈な受験勉強の日々は、ささやかな秘密の色を帯び始めた。
    参考書を開きながら、頭の中では世界中の音楽が流れ、遠い国の言葉が飛び交う。
    それは、孤独な僕にとって、唯一の逃げ場所であり、慰めだった。

    ✅拾ってはいけない周波数

    そんな力を手に入れて数週間が経ったある日のこと。
    いつものように、雑多な電波の海を漂っていると、ふと奇妙な周波数に触れた。
    それは放送局から発信されているものではない、もっと私的で、潜やかな響きを持っていた。
    ノイズ混じりの、ひそひそと交わされる複数の男女の声。
    最初は、どこかの盗聴電波でも拾ってしまったのかと思った。
    興味本位で、僕はその声に意識を集中させた。

    「……計画は最終段階だ。明日の午後二時、九州のセントラル・パーク。式典の最中に決行する。」
    「手筈は?」
    「問題ない。あれは、ただの『清掃』だ。我々の理想郷を築くための、必要な犠牲にすぎん。」

    清掃。
    犠牲。
    理想郷。
    断片的に聞こえてくる言葉が、僕の頭の中で恐ろしい輪郭を結んでいく。
    それは、どう考えても冗談やドラマのセリフではなかった。
    声に宿る冷徹な響き、計画の細部にわたる具体的な指示。
    僕は全身の血の気が引くのを感じた。
    なんてことだ。
    こんな計画が、僕の知らないところで、この国のどこかで、着々と進められていたなんて。
    これは僕が拾ってはいけない、世界の裏側の周波数だったのだ。
    しかし、聞いてしまった。
    知ってしまった。
    震える手でスマートフォンを掴み、ニュースサイトを開く。
    『明日、九州セントラル・パークにて平和記念式典が開催』。
    記事の見出しが、悪夢が現実であることを証明していた。
    どうする。
    警察に電話したところで、誰が「頭の中で電波を聞いた」などという話を信じるだろう。
    僕にできることは、たった一つしかなかった。

    ✅僕は救ったのか

    気づけば僕は、なけなしの貯金を下ろし、東京駅のホームに立っていた。
    九州へ向かう始発の新幹線。
    けたたましいベルが鳴り響き、ゆっくりと車両が動き出す。
    僕は、得体の知れない使命感に突き動かされるようにして、この鉄の箱に乗り込んだ。
    僕が動かなければ、明日、多くの人が犠牲になる。
    その確信だけが、僕を支えていた。

    しかし、本当にそうだろうか。
    窓の外を流れていく景色を眺めながら、僕の胸には新たな疑念が芽生え始めていた。
    僕が聞いたあの声は、本当に現実のものだったのか。
    受験のプレッシャーが生み出した、大掛かりな妄想だったのではないか。
    だとしたら、僕は今、一体何から逃げているのだろう。
    目の前の現実か、それとも、僕自身の心が生み出した幻か。
    猛スピードで闇を切り裂いて進む新幹線は、明日を救うための希望の乗り物か、それとも、一人の浪人生が現実から逃避するためのただの鉄の塊か。
    その答えは、まだ誰にも分からなかった。


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