
老いについて「へっ、おもしれぇ女」
今日は、娘から借りた本に夢中になりすぎて遅くなってしまいました。
あと少しで読み終わりますが、目の調子が悪くなってきたので、いったん止めてお風呂に入ってきました。
「加齢です」と言われて思ったこと
一年ほど前から、涙が止まらないことがあり、ひどいときには、そのせいで目やにまであふれて、前が見ずらいほどになります。
眼科に行きましたら、
「涙の通り道がふさがっていて、涙がうまく排出できない状態」
だということでした。
要するに、排水口が詰まっているというわけです。
「何が原因なんでしょうか」
と聞くと、端的でわかりやすく、率直で明確なお答えが返ってきました。
「加齢です」
いやね、そうかなーとは思わなくはなかったのですが。
他に言い方もないと思いますが、いや、微妙に傷つく……。
加齢……。もう年ですね、という意味で、確かにそうなんです。
加齢が悪いことだとは思いませんが、やはり思うところはあります。
自分で思ってるのと、人から指摘されるのは違うなぁと感じた次第。
2年ほど前に、ある指定難病にかかりました。
それをLINEで報告したとき、いとこからの返ってきたのは
「その病気、発症時の平均年齢は71歳ってなってるよ」
という言葉でした。
……だから?
そこには
「年寄りの病気じゃん。お前も年寄りだね」
と、からかうような色を感じました。
だから何?
年を取ることは悪いことではないし、恥じることでもない。
けれど、それをもってからかわれるのは違うよなぁと思うのです。
老いることは、醜いこと?
今日、子どもたちとディズニーの『白雪姫』を見ていました。
小さな子どもたちは、歌の場面以外はどこかへ行ってしまいほとんど見てなかったのですが。
女王様は白雪姫を亡き者にするため、自分を醜い老婆の姿に変えます。醜い姿……白髪で、腰は曲がり、指もごつごつと曲がっています。しわだらけの顔と白いぼさぼさの髪。
それを見ていて、ふと腑に落ちました。
醜いというのは「年を取る」ということなのか。この映画ではそう考えられているのか。
そんなことをぼんやり考えながら、また、違う場面を思い出しました。
数年前のことです。
うちで保育していた、ある3歳児さんは兄弟が多く、上のお姉さんはそのころは確か高校生でした。
近くの公園で遊んでいるときに、たまたま学校がお休みだったのか、そのお姉さんが通りかかり、子どもたちと遊んでくれました。
そこは近くの保育園から来ていた5歳児くらいの男の子たちもいて、お姉さんはその子たちにも声をかけて、一緒に遊び始めていたのですが……。
何がきっかけだったのか。
5,6人の男の子たちは子ザルのように周りを飛び回りながら、
「おばさん」
「おばさん」
と、からかうように言い始めまたのです。
お姉さんは穏やかに、気にしていない風でした。
でも、何度目かの「おばさん」で私がキレました。
「やさしく遊んでくれるお姉さんに向かっておばさんとはどういうこと? こっちに来なさい!」
男の子たちは急に怖気づいて
「僕じゃない」
「言ってない」
とやら何かわからない言い訳をごにょごにょ言い始めました。
近くにいたその保育園の先生が気づいて、どうしました?と割って入りました。
遊んでくれた優しいお姉さんに「おばさん」と暴言を吐いたことを伝え
「あとは子どもたちに聞いてください」
と丸投げしてきました。
自分のところの保育児たちを放り出して説教するわけにいかなかったのですが、できるなら
「からかうということは、相手が気を悪くすることを期待しているということ」
「おばさんという言葉で、相手を傷つけることができると思っている、その下品さ」
「君たちのおかあさんも、おばさんといわれる年齢だけど、おかあさんにも同じように言うのか」
「年齢をもって悪口になると思う、そのいやらしさ」
などなど、コンコンといじめ……もとい説教したかった。
今思えば、保育士としてではなく、いち女性として怒っていたかもしれません。
自分の価値は、自分で決める
加齢は誰にでもあることです。
実際、気持ちは10代、20代のころと変わっていなくても、目が悪くなり、腰が痛くなり、持病ができ、しわが増え、白髪も出てきます。
指も関節から曲がってきて、時折とても痛みます。
本を読むのも遅くなりました。理解度も落ちました。
昔は一回読めば理解できたのに、何度も読み返さないと進めないこともあって、我ながらそのポンコツっぷりにがっかりするのです。
それでも。
誰かに
『老いることは醜いこと』
だとか
『若くなければ価値がない』
だとか
『年寄りだから』
だとか。
そんな風に私の価値を決められたくない。
自分の価値は自分で決める。
そして、私は私を、
「へっ、おもしれぇ女」
って思っているのです。