
noteの向こうには人がいる【#書けるnote勉強会(北海道・東川)レポ】
日本の至るところで若かりし頃の国生さゆりがシャラララデュワデュワ歌っていた2月14日、noteクリエイターの鑑みたいなことをしていた。
みずのけいすけさん主催の『書けるようになるnote勉強会』に参加していたのだ。
昨夜は北海道の東川で、書けるようになるnote勉強会。当日の飛び込み参加も含め30席が満員御礼でした。熱量がすごくて質問が途切れずあっという間の120分。書くきっかけになる人が増えたらいいな。また訪れたいですー pic.twitter.com/wm7aCNFtJr
— みずのけいすけ|goodbuff Inc. (@mikkemac) February 14, 2026
みずのさんといえば、僕が今まさに利用中のサービス『パーソナル編集者』の主宰でおなじみである。日頃より格別のご高配を賜り厚く御礼申し上げている相手が開催するnoteの勉強会なんて、こんなん行くしかないやろ。
これまでも全国各地で開催されてきたこの勉強会、どうも距離的な問題で参加したくてもできなかった。
しかし、今回の開催地は北海道の東川町。僕の住む旭川市の隣町で、車でたった20分、徒歩でたった2時間40分の距離である。こんなん行くしかないやろ。
ということで、行ってきた。車で。
いい意味でゆるゆるな勉強会
36年も北海道に住んでいながら北海道のことをぜんぜん知らない素人なので、東川町を訪れたのは初めてだった。
トイレを済ませ、受付を済ませ、みずのさんに挨拶する。おお、生みずのさんだ。ハンチングもちゃんとかぶってる。
名刺交換するときの「やっと会えましたね」の一言がめちゃくちゃ嬉しかった。こちらこそです。以前、ZOOMで話したときは疲労が顔全体に出ていたけれど、今日は元気そうでよかった。
まだ開始20分前だったので、席はけっこう好きに選べた。こういうのはね、スピーカーの近くがいいんですよ。あとモニターの見やすさを考慮すると、自ずと前が最適解。というわけで、最前列の(出入口から見て)一番奥に陣を敷いた。
さてそろそろ「勉強会の内容は!」というせっかちさんの声が聞こえてきそうなので、勉強会本編に入ろうと思う。
すっごくゆるゆるしていた。
これは完全に褒め言葉である。というのも、「勉強会」と聞くとどうしても堅苦しいイメージがまとわりつくと思うのだが、ぜんぜんそんなことなかったのだ。みずのさんが軽妙な語り口で話してくれるので、構えることも飽きることもなく終始リラックスした状態で参加できた。
メモはがっつり取らなくていい旨を最初にしてくれたり(後でスライドのデータはもらえる)、途中で全員でストレッチをする時間を設けたりと、参加者への配慮も素晴らしかったと思う。
ゆるゆるだからといって不毛だったわけではない。
「誰に、何を、どのように伝えるかを考える」とか、
「タイトルにはオチまで書くといい」とか、
「いくらでも書けそうなことをちょっとだけ書く」とか、
ちょっとした、それでいて的確なアドバイスがてんこ盛りだった。note初心者にも少し慣れてきた人にも有意義な話がいっぱいで、あっという間に前半の1時間は終わった。
後半、質疑応答と公開添削の時間になった。僕も事前に公開添削の希望を出していたので、ぜひお願いしたいと思っていた。そんなときに訪れる邂逅。
めっちゃおしっこしたい。
なぜ。なぜこのタイミングで。受付の前にトイレを済ませたはずなのに。恋と尿意はいつだって突然やってくるものなのね。
この勉強会の空気感、そしてみずのさんの人柄からして、途中でトイレに立つくらいまったく問題ないとは思う。
しかし、思い出してほしい。僕の席は、最前列の(出入口から見て)一番奥である。顔の前で小刻みにチョップしながらみずのさんや参加者の目の前を横切るわけにはいかない。そのため、トイレに行くにはまず一番後ろへ下がり、最後列の人の後ろを通り、また前の方へ進む必要がある。つまり、コの字を書くように室内を移動しなければならない。
いやこんなことで目立ちたくないんだが。
ここは我慢するしかない。みずのさんと参加者とのやりとりを聞きながら、人知れず尿意に耐え忍んだ。白熱した質疑応答タイムの中、最前列の端っこでもじもじしている不審者がいたら、それは僕です。
お漏らし野郎に成り下がる事態はなんとか免れ、無事に勉強会は幕を閉じた。この後は懇親会だ。
懇親会の中心でニコニコ微笑む
トイレを済ませ、車を移動させ、懇親会の会場となる居酒屋に入る。参加者17人中3位という好成績で会場入りしてしまったので、長い座敷席のどこに座るか悩んだ。えっと、真ん中はきっとみずのさんが座るだろうから空けておくとして、手前側は……出入りの邪魔になりそうだな。じゃあ奥の方……いや、上座はちょっとな……。
どこに座るか問題について先に着いた2人と一緒に議論を交わした結果、「真ん中よりちょっと横」という結論に至った。
そのうち、ぞろぞろとほかの参加者も集まってきた。当たり前だが、みずのさん以外は初めましてである。
初対面の人との会話は、かなり苦手だ。聞かれたことには誠実にお答えするが、とにかく話を膨らませることができない。あと自分から話しかけることができない。やばない?
こういう状況は幾度となく経験してきたが、お酒の席ともなればまた別。アルコールの作用によって僕は【コミュ障】から【へらへらした奴】にメガシンカするのだ!
今日、車で来てるじゃん。やばない?
全員が集まり、飲み物を注文し、注文した飲み物がすべてそろうまで時間がけっこうあった。その間、参加者は談笑の花を咲かせていた。
このとき、トークグループは奥側と手前側とに大きく分かれている。真ん中よりちょっと横の席というのは、どちら側にも属せるというメリットがあるが、同時にどちら側にも属せないというデメリットも抱えているのである。あとはお察しのとおりである。
しかも「さっき質問してた人ですよね?」といった勉強会のアフタートークに関しては、為す術がなかった。発言者よりも膀胱に集中していたから。
出鼻をくじかれすぎてもはや複雑骨折である。僕は世界の中心で愛を叫ぶ代わりに、懇親会の中心でニコニコ微笑むしかなかった。頭の中で平井堅が「そ~れし~かで~きないいぃ~」と苦しそうに歌っている。助けてください。
……というのは懇親会が始まって間もないときの話。時間が経つにつれ、参加者の(とりわけ僕の)緊張はするするとほどけていった。
初対面ということは、お互いに知らないことしかない。自分がnoteを始めたきっかけ、noteでどのような記事を書いているかなど、僕は久しぶりに語った。仕事を辞め、Webライターを始め、その中でライティングコンテストに応募したら入賞して、エッセイの楽しさに目覚め……今、ここにいる。これまでの3年が地続きであることを再認識させられ、どこか充実感のようなものを感じた。
だんだんと話しかけてくれる人が増えたこともあり、ポケットティッシュさながらに名刺を配りまくった。その場で4人くらいがアルロンのnoteを覗いてくれるという謎の現象も発生したが、シンプルに嬉しい。
その中で、創作大賞2024の受賞作品をぜんぶ読んだ記事に関して、「これ、徳を積むってことですよね」と言ってくれた人がいた。まさに今日の勉強会で「noteが読まれるようになりたければ、徳を積むといい」という話があったのだ。
いわゆる“note読み”と呼ばれるこのアクションは、パーソナル編集者の担当である渋谷祥平さんを倣ってやってみたもの。何気なく始めたことがこうして今につながってきているのだと思うと、なんだか感慨深いものがある。
みずのさんとも会話できた。「今日、動物園行ってきたよ!」と前のめりに話すみずのさんが微笑ましかった。ペンギンの散歩コースに赤いラインを引いているのは自分だと話すと、さらにテンションがお上がりになられた。アルロンは称号【赤いラインを引く者】を手に入れた。
そして、この日で最も驚いたのが、noteのフォロワーさんがいたことだ。
勉強会終了直後(まだトイレ前)に一人、懇親会中に一人、「私、アルロンさんのアカウントをフォローしてます」と勇敢にも名乗り出てくださった。ありがとうの代わりに蔵生を100個くらい箱に詰めて差し上げたい。
noteの舞台はインターネット上ではあるけれど、その奥には必ず人がいる。いくらAIが発達した時代といっても、noteの向こうにはだれかがいる。自分がそうであるように。
フォロワーが、いた。それも、こんな近くに。
この事実には衝撃を受けたと同時に、noteという街のあたたかさを改めて感じた。noteやっててよかったなあ、と心の底から思った。
大切なのは、結局「人」
「noteをもっと読まれるようになりたい!」と思って参加したが、なんやかんやでやっぱり人のつながりが一番大切なんだなあと思った。
創作大賞の授賞式もそう。勉キョフ会もそう。技術や知識を手に入れるというより、人脈を広げること。それが最大の恩恵だろう。
noteに同じような熱量を持っている人と会うと、自分のモチベーションが上がる。この懇親会でも「こういうの書きたい!」「それ書いた方がいいよ!」といった会話があったくらいだ。自分ではないだれかがいることで得られる気づきは、意外と多い。
それに、書くことは孤独だ。その孤独を完全になくすことはできないかもしれないが、軽減することはできる。孤独は人がいることで生まれた概念だけれど、孤独を減らすことができるのもまた人なのだから。
そういった意味でも、今回の勉強会・懇親会は本当に有意義だったし楽しかった。みずのさんをはじめ、出会ったすべての人に感謝したい。
次にまた参加するときは、利尿作用のある飲み物を控え、万全な態勢で臨もうと思う。

(おしまい)