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Photo byエドゥアール・マネ / メトロポリタン美術館

障害受容と本人への告知について、我が家のケース。

     夏の終わりのある夕べ、リビングのPCで作業していた私に向かって、ポチ(仮名。素直で犬みたいなのでここでは「ポチ」と呼ぶ。長男。当時、小6)が唐突に「あのさあ、俺って障害児なの?」と尋ねてきた。
     あ、ついに、きたるべき日がやってきた、と内心少し動揺しつつも努めて平静を装い、しかしPCのキーボードからは手を離して、「そうだよ。なんでそう思ったの?」と、私はポチに訊き返した。
     「愛の手帳(東京都が交付する知的障害のある人のための療育手帳)があやしいと思ってたんだ」「母さんさあ、動物園や博物館で、いつも愛の手帳を(窓口の人に)見せて、俺らタダで入ってるじゃん」と、ポチは淡々と答えた。どうやら、「障害者手帳をお持ちの方は入館無料」等という説明文を公共施設等で読み、自分で類推したらしい。
     「そうか、ごめんよ、お母さん、ケチだからねえ」と、いささかピント外れの謝罪を、私はした。傍で聞いていたブー子(仮名。ブーブーうるさいので、ここでは「ブー子」と呼ぶ。長女。当時、小3)が、ブッ!と吹き出した。うん、笑いを取るのって大事だよね。

     翌日に、中学校の行き先を決める就学相談のため、最寄りの特別支援学校に行く予定があったのだ。ポチとしては、「なんでそんな所にわざわざ行かねばならないのだ。ああそうか、やはり俺は、どうやら普通ではないんだな」と、確信に至ったらしい。
     ポチは知的には境界知能(IQが70~85程度)で、軽度のASDとADHDがある。幼稚園では加配を付けてもらい、小学校は最寄りの特別支援学級(通常学級併設の公立小学校)に通わせていた。同じ小学校に通っていた三歳年下のブー子は通常学級。時間をかけて少しずつ、「自分は普通とはちょっと違うのかも」と感じていたとしても、全く不思議ではない。本人には訊かなかったが、愛の手帳云々の件は、単に話のとっかかりとして使った、という気がした。

     就学相談会場では、これといった波乱もなく(あっては面倒だが、家庭によっては、ままあるそうだ)、事務的かつ和やかな雰囲気で相談が終わった。帰りの道すがら、静かな住宅街の中、静かに母子で会話する。
     「俺、中学も、支援学級に行くの?」
     「今の段階だとなんとも言えないけど、多分、教育委員会は、『通常学級でも支援学級でも、どちらでも通えるとは思うけど、どちらかというと支援学級がお勧めです』って言うと思う(後日、実際にそういう判定になった)。ポチは、どっちがいい?」
     「支援学級がいいなあ」
     「支援学級だと、今と同じような雰囲気だから、安心だとは思う。でも、高校はあまり選べなくなるよ。ポチが前に行きたいって言ってた、鉄道員になるための専門的な勉強ができる高校は、通常学級からじゃないと入学できない。そういうデメリットもある。どうする?」
     「え・・・。どうしよう」
     「まあ今すぐ決めなくてもいいから」
     「支援学級に行ったら、高校はどういう所に行ける?」
     「〇〇支援学校とか、△△学園とか、そういう所だね。△△学園は、前に『行ってみたい』って自分でも言ってたでしょ。だから、中学で支援学級に通ったとしても、別にこの世の終わり、って訳じゃないよ」 
     「母さん、そんなに簡単に、この世は終わらんと思う・・・」

     息子には極力自分の進路を自分で考えさせるようにはしたものの、一方で、当時の息子はまだ子供であり、親である私と夫は、結論は既に決めていた。「支援学級一択」である。何故か。「本人の障害特性・性格・入学予定の支援学級を幾度も見学し、総合的に判断」したら、自然とそう思ったから。より直截的に言ってしまうと、「どうせまともなレベルの大学になんて入れないし、普通の就職も無理。だったら行政からの支援が手厚い特別支援を受け続けた方が現実的」だから。あくまでも個人的な信念です、念のため。世の中は多様性に満ちているので、「よそはよそ、うちはうち」って程度の話。

     ポチはその後、なんとなく憑き物が落ちたように、晴れやかな態度になった。「自分とは何者か」という(見ようによっては哲学的な)問いに、自分なりに回答が得られたからかもしれない。自己客観視と言語化プロセスって大事だ。しかし、時として、若者は迷う。
     「母さん、〇〇君(クラスメイトの重度知的障害児)はいいよな。自分(の状態)が分かってないから。俺は自分が他人より『できない』って分かるから辛いんだ」
     「凄いね(苦笑)。山田洋二監督みたいだ。そういうセリフを言う映画があるんだよ。ま、でも、それって〇〇君と自分を比べてるでしょ」
     「うん」
     「他人と自分を比較するのって、あんまり良くないね」
     「そうだよね」
     「なんで良くないって思うの?」
     「えっと・・・。〇〇君の事を、俺がバカにしてるから?」
     「それもあるけど、逆に、自分より『できる』って思う人と自分を比べて、自分の事が嫌になったりしない?」
     「する」
     「それって、人生がつまらなくなると思うよ」
     「そうだね」
     「ポチは今、毎日、だいたい楽しい?だいたい、でいい」
     「うん、だいたいは、楽しい」
     「これから先も、『だいたい』楽しく生きたいなら、他人と自分を比較する考え方は、(君の場合は)やめた方が、多分ハッピーだと思う」
     ・・・母、「うちは意識低い系で行こう」と、こうやって事あるごとに、息子を洗脳する。百年先には誰もいないってやつっスよ。他人からの評価とか、どうでも良くないか。巷間に言う、遺伝七割・環境三割ってやつで、息子はどう頑張ってもエジソンにもビル・ゲイツにもなれそうにない。だったら、分を弁えて(最近はすっかり死語だな)、自分が「できる事」をやりつつ、個人としての幸せを追求する「態度」を大事にした方が、(うちの息子にとっては)絶対にいい。いわゆる「自己受容」と「障害受容」の形成である。

     後日談だが、ポチは親からの洗脳が奏功し、中学・高校とあまり深く悩む事なく特別支援教育を受け、現在は障害者雇用枠でフルタイムで就労している。仕事では人並みに苦労する事もあるようだが、なんとか日々「だいたい」楽しく暮らしている。この先もこんな感じで、小さな幸せを嚙み締めつつ暮らしていけるといいね、と思う次第。

     
     
    子育てほぼ終了。境界知能・軽度発達障害の長男と、限りなく白に近いグレー発達障害の長女と、夫、私、の四人家族。

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