
待ち合わせは半世紀【風まかせ文芸部】
一部:25年前
2000年の春。大学二年になったばかりの僕は、新宿駅の東口でソワソワしていた。待ち合わせ時間ちょうど。携帯電話はポケットにあるけど、鳴る気配なし。
「本当に来るんだろうか……」と疑心暗鬼になっていた。
相手は同じゼミの加奈子。昨日、「映画でも」と誘ったら、即答で「いいよ」と言われた。即答すぎて逆に怖い。
人混みの中、五分遅れで彼女が現れる。僕は反射的に笑ってしまい、彼女も笑った。
「なんで笑ってるの?」
「いや……なんか……」
「気持ち悪い」
初デートでいきなり気持ち悪い認定。心臓がさらにバクバクする。
映画は『グラディエーター』。上映中、手汗で膝が湿る。手をつなぐどころか、もし触ったらヌルッとすべって嫌われそうだ。
映画が終わったあと、彼女が言った。
「ラッセル・クロウってさ、うちのお父さんに似てるんだよね」
「……へえ」
ほんとは「お父さん、剣闘士だったの?」くらい突っ込めばよかったのに、当時の僕には無理だった。
夕方、駅まで送り、手を振った。電車の中で心臓はまだ大暴れ。未知の世界に突入した気分だった。
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二部:いま
2025年の春。再び僕は新宿駅の東口に立っている。待ち合わせ相手は——妻だ。
ただし25年前と違い、もう心配はない。位置情報共有で加奈子が西武新宿線の車内にいることまでわかっている。
LINEが飛んできた。
〈SNSでバズってるスイーツ食べに行かない?〉
僕は「了解」と返した。
やっと到着した加奈子が言う。
「ほら、この店!めっちゃ並ぶけど絶対おいしい」
並んだ末、やっと巨大なパフェをゲット。加奈子は夢中で撮影開始。
「ちょっと動かないで。後ろに映ると生活感出る」
「俺は生活そのものだろ」
「映えには邪魔なの」
撮影が終わり、やっと一口。
「……甘っ。糖尿一直線」
「いいじゃん。思い出ってカロリー高めのほうが残るのよ」
「名言ぽいけど詐欺くさいな」
「いいから食べなさい」
加奈子はくすくす笑いながら、僕のスプーンに自分の分をのせてきた。25年前と同じ笑い方だった。
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三部:25年後
2050年の春。僕は七十を超えて、VRグラスを装着している。
目の前に現れるのは「メタ東京」の新宿駅東口。そこにいるのは、大学二年の春そのままの加奈子。もちろん現実には僕と同じく老けているが、AIが過去のデータを再現してくれるのだ。
「また待たせた?」
アバターの彼女が笑う。僕は首を振る。実物の加奈子は隣のソファで居眠り中。
仮想の街で僕らは「データスイーツ」を食べる。味も糖度も完璧。だが僕は25年前と同じくスプーンを持て余す。
「インスタにあげなくていいの?」と僕。
「もう誰も見てないよ」と彼女。
「じゃあ、誰のために食べてるんだ」
「決まってるでしょ。あなたのため」
「いや、俺もう甘いの無理なんだけど」
「黙って食べなさい」
VRを外すと、静かな部屋に夕日が差し込んでいた。
隣で目を閉じている妻の手を握る。
皺だらけのその手は、あのときと同じように温かかった。
胸の奥で、2000年の心臓の音が、まだバクバク鳴っていた。