
まいにち易経_0505【鹿に即くに虞なく、ただ林中に入る。】[03䷂水雷屯:六三]
六三。即鹿无虞。惟入于林中。君子幾不如舎。往吝。 象曰。既鹿无虞。以從禽也。君子舍之往吝。窮也。
六三は、鹿に即くに虞なし、ただ林中に入る。君子ほとんど舎すつるに如かず。往けば吝。 象に曰く、鹿に即くに虞なし、禽に従うを以てなり。君子これを舎つ、往けば吝、窮するなり。
【現代語訳】
鹿を追い求めるのに、森の案内人(である虞)もいない(のに頼ろうとしない)。それなのに(功を焦って)ただ一人で(無謀にも)林の奥深くへと入っていく。
【意訳】
目の前に、立派な角を持つ一頭の鹿が現れました。これを捕まえれば、村でも一目置かれる大手柄になるに違いありません。男は逸る心を抑えきれませんでした。
しかし、ここは踏み入れたことのない深い森。どこに危険な獣が潜んでいるか、どこに迷いやすい谷があるか、見当もつきません。本来ならば、この森を知り尽くした経験豊かな虞(森の番人であり案内役)に道案内を頼み、助言を受けながら慎重に進むべきところです。
ですが、男の心には焦りと功名心が渦巻いていました。「虞を呼んでいては、この好機を逃してしまうかもしれない。いや、そもそも彼に手柄を分け与えるのは惜しい。自分一人の力で、この鹿を仕留めてみせる!」
そう心に決めた男は、虞の助けを求めることも、その到着を待つこともしませんでした。ただひたすら鹿の白い尾を追い、茂みをかき分け、一人で鬱蒼とした林の奥深くへと分け入っていったのです。その先には、道を見失う困難や、予期せぬ危険が待ち受けているかもしれないというのに、そのことには思いも至らないかのように……。

利を追うほど道を見失う
悠久の時を超え、現代に生きる私たちにも深い洞察を与えてくれる書物、それが易経です。その中には、人生や組織運営における普遍的な知恵が、象徴的な物語として数多く記されています。今回は、その一つ、「利に迷うことの危険性」について、易学の観点から紐解いていきましょう。