
勝利と引き換えに何かを失った話
僕には、かつて人生を捧げたゲームがある。
『大乱闘スマッシュブラザーズSP』だ。

任天堂のさまざまなキャラクターが登場し、相手をステージの外へ吹き飛ばして勝敗を競う対戦アクションゲームである。
友達同士で集まり、好きなキャラクターを選んで殴り合う。非常に平和なゲームだ。
しかし、このゲームにはもうひとつの顔がある。
それが、1対1の対戦である。
複数人で遊ぶときの賑やかさとは違い、1対1では純粋な実力が問われる。
相手の動きを読む。攻撃を避ける。隙を見つけて反撃する。
コンボの精度、間合い管理、崖際での駆け引き。
アイテムなどの運要素を排除すれば、知識と技術、そして瞬時の判断力が勝敗を左右する、非常に競技性の高いゲームなのだ。
最初は僕も、純粋に楽しんでいた。
しかし、ある日を境に何かがおかしくなった。
負けるのが許せなくなったのだ。
友達に負けるたび、僕は家に帰って練習した。
コンボ、復帰阻止、崖際の攻防。
対戦動画を研究し、キャラクターごとの対策を考え、ひたすらトレーニングモードに籠もった。
友達は放課後にスマブラをしていた。
僕は放課後、友達を倒すための準備をしていた。
同じゲームをしているはずなのに、目的が少し違っていた。
やがて、努力は実を結んだ。
最初は互角に戦っていた友達とも、少しずつ実力差が開き始めた。
気がつけば、ほとんど負けなくなっていた。
しかし、ここから問題が起き始めた。
僕は手加減というものができなかった。
以前は接戦を繰り広げていた相手にも、容赦しない。
友達が新しいキャラクターを試していても、平然と崖の外へ叩き落とす。
「ちょっとくらい手加減しろよ」
そう言われたこともある。
しかし、僕には理解できなかった。
勝てるのに、なぜ負けなければならないのだろう。
当時の僕は、友情よりも勝率を重視していた。
その結果、ある日とうとう言われた。
「もうお前とスマブラやらん」
衝撃だった。
今まで一緒に遊んでいた友達が、対戦を拒否するようになったのである。
僕は誰にも負けなくなった。
そして、誰とも戦えなくなった。
普通なら、ここで何かを学ぶはずだ。
しかし、僕は学ばなかった。
むしろ、練習相手がいなくなったので、さらに一人で練習するようになった。
それから何年も経った。
スマブラばかりしていた僕たちも、すっかり大人になった。
昔のように集まってゲームをする機会も、いつの間にか少なくなっていた。
そんな中、かつて一緒にスマブラをしていた友達が、喫茶店をオープンした。
学生時代からの友人が、自分の店を持ったのである。
なんだか感慨深かった。
僕は開店祝いも兼ねて、店に顔を出すことにした。
店内には落ち着いた音楽が流れ、コーヒーの香りが漂っていた。
あの頃、放課後にゲームばかりしていた友達が、今では立派に店を経営している。
時間の流れというものは不思議である。
しばらく近況を話していると、友達が突然言った。
「そういえば、バックルームにお前とスマブラやるための環境用意したわ」
バックルームとは、店の裏側にある従業員用のスペースのことだ。
どうやら彼は、そこにわざわざスマブラができる環境を整えてくれていたらしい。
僕は耳を疑った。
あれだけ僕との対戦を嫌がっていた男が、自分の店にスマブラを用意してくれていたのである。
しかも、わざわざ僕と遊ぶために。
思い返せば、僕はひどい友達だった。
勝つことばかり考えて、相手が楽しんでいるかなんて気にも留めなかった。
何度も崖から叩き落とした。
何度も復帰を阻止した。
「もうお前とはやらん」
あの日の言葉を、今でも覚えている。
それなのに、彼はまた僕と遊ぼうとしてくれている。
涙が出そうになっていた。
友情とは、なんと素晴らしいものなのだろう。
そして僕たちは、何年かぶりにコントローラーを握った。
懐かしいキャラクター選択画面。
聞き覚えのある効果音。
あの頃の記憶が、次々と蘇ってくる。
不思議なことに、操作はほとんど忘れていなかった。
指が勝手に動く。
相手の動きが読める。
復帰のタイミングも、崖際の攻防も、身体が覚えていた。
そして気がつけば、僕は友達を容赦なくボコボコにしていた。
久しぶりの対戦だというのに、手加減という概念がまったく思い浮かばなかった。
何年も経った。
友達は立派な店のオーナーになった。
僕たちも、すっかり大人になった。
それぞれの人生を歩み、昔とは違う日常を送っている。
しかし、変わらないものもある。
僕のスマブラの腕前である。
対戦が終わると、友達は静かにコントローラーを置いた。
そして、懐かしい言葉を口にした。
「やっぱお前とはスマブラやらん」