
会社を継ぐとは、たすきを預かることだと思う
「後継者がいない」という話を、同じ建設業の方との集まりでよく耳にします。建設業に限らず、地域の会社にとって事業承継は避けて通れないテーマです。私は1894年創業の酒井組を継いだ五代目ですが、正直に言うと、「継ぐ」という言葉の本当の意味が分かってきたのは、社長になってしばらく経ってからでした。今日はその話を書いてみようと思います。
継いだのは、帳簿と機材だけではなかった
社長になったとき、引き継いだものはたくさんありました。工事の契約、現場の機材、お取引先との関係、そして一緒に働く社員たち。
でも、いちばん大きな「引き継ぎ資産」は、書類のどこにも載っていませんでした。
それは、「困ったことがあったら、酒井組に聞いてみたら」という、地域の方々の記憶です。道で声をかけていただいたとき、お電話で相談をいただいたとき、その一言の後ろには、先代たちが130年以上かけて積み上げてきた信用があります。これはお金で買えるものではないし、作ろうと思って急に作れるものでもありません。
だから私は、会社を「もらった」のではなく、この記憶と信用を「預かった」のだと思うようになりました。預かりものですから、自分の代で目減りさせるわけにはいきません。かといって、金庫にしまっておけば守れるというものでもない。使って、動いて、新しい信用を足していかないと、信用というのは少しずつ古びていくものだと感じています。
会社は駅伝、社長は走者
最近、会社は駅伝に似ている、と思うことがあります。
創業から132年。私は五人目の走者です。たすきを受け取った走者の仕事は、たすきを額に入れて大事に飾ることではありません。自分の区間を全力で走って、次の走者に渡すことです。
そして駅伝ですから、区間によってコースは変わります。平坦な道の区間もあれば、山登りの区間もある。前の走者と同じ走り方では越えられない区間もあります。公共工事に加えて、暮らしのサポートやドローン測量という新しい道を走り始めたのも、いまの区間に合った走り方を探した結果です。
先代と同じことをそのまま続けるのが「継ぐ」ことではなくて、自分の区間に合った走り方で、たすきを少しでも前に進めることが「継ぐ」ことなのだと、いまは思っています。
渡す相手より先に、渡せる会社を
では、私はこのたすきを誰に渡すのか。
正直に言うと、まだ分かりません。ただ、ひとつ決めていることがあります。渡す相手を探すより先に、「いつでも渡せる状態の会社」にしておくことです。
社長の頭の中にしかない情報をできるだけ減らしていくこと。会社の仕事が、これからも地域から必要とされ続けること。そして何より、「この会社で走ってみたい」と思ってもらえる会社であること。
これは、社長ひとりでできることではありません。現場で若い人に声をかけてくれるベテラン、新しい仕事に文句を言いながらも付き合ってくれる社員、地域の集まりで会社の名前を覚えていてくれる方々。たすきは私の肩にかかっていますが、走っているのは、本当は会社のみんなと、応援してくださる地域の皆さんです。
次の走者は、そういう準備と日々の積み重ねの先に、現れてくれるのだと思っています。
たすきは、いまも私の肩にあります。今日も自分の区間を、丁寧に走ります。
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