
【noteでBL】大城くんのこと
「noteでBL」7月の企画に、参加します。
今回はBLでなくてもよい、とのことながら、僕はBLを書いた。BLらしくはないかもしれないけれど。今回のお題は、
ガチ怖怪談〜なにそれ?な不思議なオチの話
ということで、どこまで書けたかはわからねど、自分なりに仕立ててみたので、ご笑覧いただければさいわい。
以下、本文(文字数:2,881 文字)
大城くんのこと
坂本エンジン
事務機器メーカーで働いている、Sさんに聞いた話だ。
Sさんは大学生のころ、大城くんという同い年の男の子と付き合っていた。
新宿のゲイクラブで出会って意気投合し、ふたりでイベントを抜け出して一夜を過ごしたあと、そのまま付き合う流れになったという。
大城という苗字と、バタくさい顔立ちからすぐにわかったことだが、彼は沖縄出身だった。
大城くんはSさんとは別の大学に通っていて、都内で一人暮らしをしていた。Sさんは千葉の実家から通学していたが、大城くんの部屋からのほうが大学に近かったので、彼の部屋に入り浸るようになり、ほとんど同棲しているような恰好になっていた。
ある夜のことだ。
狭いベッドでひとしきり盛り上がったあと、ふたりとも裸のまま、気怠い事後の時間を過ごしていた。
ふと、Sさんは、部屋の空気のなかに甘い匂いを感じたという。
「香水、変えた?」
「いや。っていうか、俺、今日はつけてないよ」
Sさんの問いに、大城くんは答えた。
たしかに、抱き合っているときは、ボディソープの匂いしかしなかった。しかし、大城くんが愛用しているカルヴァン・クラインとは別の、もっと甘ったるい、果物のような匂いがしたのも事実なのだ。
「なんだろう。冷蔵庫にフルーツとかある?」
「……」
大城くんはごろりと寝がえりを打つと、腹ばいになり、話し始めた。
*
俺んちさ、子どものころ、母方のおばぁが一緒に暮らしてたんだ。
おばぁは、ちょっとユタみたいなことしてて。ユタってわかる? 霊能者っていうか、拝み屋っていうか……なんか、そんな感じ。
うちは俺がちいさいころから母親も働いてて、ほとんど、おばぁに育てられたようなもんだよ。優しかったさ。俺のことをすごくかわいがってくれて。
おばぁは、毎日、近所の拝所に行くんだけど、俺も連れていかれた。
ああ、ウガンジュっていうのは、神様とつながってる場所っていうか……。両親は、俺を連れて行くなって言うんだけど、おばぁは来たほうがいいって。
「この子は、男の子だからユタにはならないけど、カンダーリするかもしれない。ウタキを巡っておいたほうがいい」
そんなこと言ってたさ。
意味はよくわからないんだけどね。
よく行く拝所は、洞窟にあった。
入口のところに、ちいさい祠みたいな感じのがあって。けっこう奥深い洞窟で、向こう側は昼でも真っ暗なの。戦時中は防空壕に使われた場所で、たくさん人も死んでるからさ。不気味だよね。でもふしぎと、子どものころはそんなに怖く感じなかったな。
たぶん、俺が小学校に上がったくらいだったと思うんだけど。
いつものようにおばぁが拝所を拝んでて、俺は、そのうしろで、おばぁの真似をしたり、そのうち飽きてきて、遊んでたりしてさ。そのうち、ふと気づいたんだ。
おばぁが拝んでいる拝所の向こう、洞窟の奥のほうの暗がりから、なにか音がするって。
「ズーーッ、ズーーッ」と、なにかをひきずるみたいな……、ちょっと湿っぽい、ぬかるんだ地面を、すり足で歩いてるみたいな……そんな音が、ひとつじゃなく、いくつも、いくつも。
どんなに目を凝らしても、洞窟の暗がりは見通せなかった。塗り固めたみたいに真っ黒なんだ。黒い壁があるみたいにさ。でも、なぜかその向こうで、たくさんのものが、ざわざわ動いているような、そんな気がした。
ふいに、おばぁが拝むのをやめて、俺を振り返ったのにも、気づいてなかった。
「あらぁ」
おばぁが素っ頓狂な声をあげて、やっと我に返ったんだ。
「おばぁ、ガマの中になにか」
そう言いかけて、俺はびっくりしてしまった。
俺は島ぞうりっていう、サンダルを履いてたんだけど――そのサンダルが、いつのまにか、左右逆になっていたんだ。一度も脱いでいないのにだよ。
おばぁが怖い顔になって、俺の島ぞうりを脱がすと、力いっぱい、そいつを洞窟の暗がりに投げ込んだ。
それから俺を抱えて走り出したんだ。
「おばぁ、どうして、島ぞうりを投げちゃったの?」
俺は聞いたさ。
「連れていかれないようにだよ。ぞうりで諦めてくれたらいいけど」
おばぁはそう答えた。
それからのことは、あまり覚えてない。
ただ家じゅう大騒ぎだったんだ。俺は、おばぁがユタの仕事をするときに使う部屋に入れられて、今日はここで寝ろ、明日の朝になるまで絶対に家から出ちゃいけない、って言われた。
飯とか、風呂とか、どうしたんだっけかなぁ。覚えてないや。ただ、おばぁが、いつもと違う険しい顔をしてて、ものものしい雰囲気だったから、怖かったよ。
夜になった。
俺は布団のなかで、震えてたと思う。
あれは夢だったのか……それとも本当にあったことなのか。
家のまわりで、ひと晩じゅう、「ベチャッ、ベチャッ」って感じの、重い、濡れた音がして。なにかが家の周囲を這いまわってるみたいだった。
いつのまにか、朝になってたよ。
「もうだいじょうぶだぁ」
って、おばぁが、俺を起こしてくれた。なにがどうなったのか、結局、わからずじまいだったけど、おばぁがニコニコしてたから、俺はほっとしたさ。
でもそのとき、家じゅうが、おかしな、甘い匂いに包まれてることに気づいた。
「なんだこりゃあ!」
庭で父親の声がした。
俺んちさ、庭にマンゴーの木があって。そう、あのマンゴーだよ。沖縄だと、けっこう、ふつうの家でも育つんだ。毎年、たくさん実がなってさ。なかなか美味かったんだけど――。
そのマンゴーの、たくさんできてた実が、ぜんぶ、落ちちゃってて。どれも、どろどろに腐って溶けたみたいになってんの。
それで、ものすごく甘ったるい匂いがしてたんだ。
おとぉーが、わりとキレイなやつを拾って食べてみたけど、すぐ吐き出してたな。ひどい味だったって。
*
「……それで?」
Sさんは訊いたが、大城くんは、ただ微笑うだけだった。
「それだけだよ。ヘンなことがあったのはそれっきり。俺は洞窟に近寄らなくなったし、マンゴーの木は伐られちゃったけどね」
そう言って、大城くんは、Sさんにのしかかってきた。
そのまま二回戦に突入したが、Sさんは集中できなかった。行為のあいだも、ずっと、甘い匂いがしていて、しかも、どんどん匂いがきつくなってきていたからだ。
それ以来――、大城くんの部屋で、ときどき、同じ匂いを嗅ぐことがあり、気味が悪くなって、Sさんは足が遠のいてしまった。
そのせいか、だんだん大城くんとも間遠になって、ふたりの仲も自然消滅してしまったという。
大学を卒業してから、Sさんは大城くんとは一度も会っていない。
「元気でいてくれたらいいと思うんだけどね。今でも、マンゴーの匂いを嗅ぐと彼のことを思い出したりして。なんかあれ以来、マンゴーがちょっと苦手になってしまったんだよね……」
Sさんはすこし寂しそうに語ってくれた。
そうそう――、と、最後にもうひとつ、Sさんが思い出してくれたエピソードがある。
あるとき、路傍で、大城くんが派手に転んだそうだ。
「大丈夫!?」
と、慌てて駆け寄ったSさんは、大城くんの足元を見て、ぎょっとしたのだという。
「彼の履いていたスニーカーが、左右逆になってたんだよね」
(2026年7月 都内某所のゲイバーにて取材)
この作品はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません