
【OL旅 #10】人と比べる癖はやめなくていい。|50歳OLがパリで見つけたこと
(読了時間:約10分/英文を除くと約8分)
50歳の夏の終わり。
大人の遅い夏休み。
私はパリで、人と比べるのをやめました。
今回の旅、
フランス滞在12日+移動時差1日(フライト片道12~13時間直行便)
年次有給取得6日を祝日と合わせ、仕事の業務引継ぎも時間軸を含めて
考え進めました。
比較的、長めの旅。
何ていわれてもいい。
やれることはちゃんとやった。
私はこの旅を叶えるんだ、小さな約束『今度は私がフランスに行くね!』
友達との会話。
今回の旅もわたしが『決める』から始まりました。
今回のきっかけは、友人の手から差し出された、
一枚のメトロカードです。
その日のパリは、
夏のように暑い日でした。
私は、パリに住む長年の友人 LaurentとNicolas(どちらも仮名です)と、市内を歩いていました。
そのあとには、日本から同じタイミングでフランスに来た友達と合流。
待ち合わせて、 ノートルダム大聖堂のミサに行く約束があります。
二人はミサには行きません。
でも、大切な人同士を、
ちゃんと紹介したかった。
だから、みんなでお茶をしました。
その友達は、夢だったパリに娘さんと一緒に来ていました。
滞在はたった3泊5日。
短い休みをやりくりした、
ほとんど強行突破の旅です。
「実は明日のヴェルサイユ、予約はしてあるんだけど
…… どうやって行ったらいいか、わからないの」
友達が心配そうに話すと、
二人はすぐに教えてくれました。
「メトロで行けるよ。行き方はね、
こうやって……」
そして、確かめるように聞きました。
「メトロカードは持ってる?」
「持ってないんです」
その瞬間でした。
二人の手から、
メトロカードがバッと出てきたんです。

本当に、一瞬でした。
二人とも、スペアを持っていたんですね。
私は、その光景から目が離せませんでした。
二人にとっては、きっと何でもないことです。
でも私には、何でもなくありませんでした。
私の大切な人を、私の大切な友人が、
当たり前のように大切にしてくれた。
胸の奥が、じんわり熱くなりました。
What may seem ordinary to you is something very special to me.
あなたにとっての普通が、私には特別。
二人に宛てた手紙に書いた一文です。
いちばん伝えたかった言葉でした。
正直に書きますね。
私はずっと、誰かと比べて生きてきました。
相手は、会社の同僚や、
私より長くキャリアを重ねてきた人たち。
派手に成功している人ではありません。
毎日の仕事を、淡々と積み重ねている人です。
「仕事のこういうところ、すごいな」
そう思った瞬間から、
「あの人みたいに」が始まってしまう。
相手のいいところばかりが目に入って、
気づけば「私には何もない」と、
自分の価値を下げていました。
50歳になっても、
その癖は抜けていなかったんです。
あなたにも、そんな夜はありませんか。
でも、
パリで二人の手元を見ていて気づいたんです。
比べる癖は、やめなくていい。
ほどけばいいんだ、と。
この先を読むと、こんなことが手に入ります。
・比べて落ち込むのは性格の弱さではないとわかります
・「あの人みたいに」が始まった瞬間に、
気持ちを切り替える一言
・羨ましさを、「自分が大切にしたいもの」に
変える見方
・寝る前5分、3行書くだけのワーク
(7日のうち5日で十分です)
明日、職場で誰かと比べそうになっても
「私には何もない」で終わらない夜にするために。
ふたつ目の「普通の親切」の話と、
パリの友人に送った手紙(日本語と英語)も
載せています。
手紙は、友人たちの了解をもらって載せています。
🌸連休限定価格🌸
10月12日(月・祝)まで ¥1,280
10月13日(火)朝から ¥1,480 になります
↓フランス旅の記事はマガジンに纏めています。
◾️二つの列の前で
お茶のあと、
みんなでノートルダム大聖堂へ向かいました。
大聖堂の前には、列が2つありました。
どっちに並べばいいんだろう。
迷っていると、二人が教えてくれました。
「ミサは、こっちの列らしい」

自分たちは、ミサに参加しないのに。
そこまで一緒に来てくれて教えてくれたんです。
メトロカードに続いて、
この日ふたつ目の「普通の親切」でした。
◾️心が動いたのは「できること」ではなかった
メトロカード。
ミサの列。
どちらも、仕事の能力とは関係ありません。
私が本当に心を動かされるのは、
「何ができるか」ではなく、
「どんな人か」だったんです。
では、なぜ私は「できる人」とばかり比べていたのか。
それだと際限がないじゃない。終わりなき戦い。
アメリカの社会心理学者フェスティンガーは、
人は自分を測るために、まわりと比べる生き物だと考えました。
「社会的比較理論」と呼ばれる考え方です。
比べるのは、弱さではありません。
自然なことです。