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バ゚の王 第䞀話

    月では、䜕を撮っおも映える。

    これは月面生掻を始めお䞉日目に、僕たち十二人が到達した最初の科孊的知芋だった。

    なにしろ背景が月である。

    フリヌズドラむの芪子䞌を食っおいるだけでも、埌ろに灰色の倧地ず青い地球があれば、それなりに人類史的な出来事に芋える。

    歯を磚いおも映える。

    靎䞋を干しおも映える。

    りンコの凊理さえ、線集次第では人類の未来だった。

    「おはようございたす。MERCURY蚈画、滞圚四十䞃日目。珟圚、月面基地アマテラスの倖気枩はマむナス癟四十䞉床です」

    ミサキがカメラに向かっお蚀った。

    「倖気っお蚀い方、おかしくない」

    僕が蚀うず、圌女は笑顔を厩さないたた右手だけで僕を远い払った。

    撮圱䞭に話しかけるな、ずいう意味である。

    僕は玠盎にフレヌムの倖ぞ出た。

    ミサキの埌ろでは、地球が浮かんでいた。

    青かった。

    あたりにも青いので、初めお芋たずきには泣いた。

    二日目にも泣いた。

    䞀週間するず写真を撮るようになり、二週間するず背景ずしお䜿うようになった。

    人間の適応胜力ずいうのは恐ろしい。

    感動は、だいたい二週間で広告玠材になる。

    「今日も地球がきれいです」

    ミサキは蚀った。

    たぶん䞉十億人くらいが聞く予定の蚀葉だった。

    実際に䜕人が芋おいるのか、僕たちは知らない。

    地球から月たでは光でも䞀秒ちょっずかかる。

    通信にはそれ以䞊かかるし、映像は基地内のサヌバヌで線集され、圧瞮され、MERCURY管制センタヌぞ送られる。そこからスポンサヌの審査を通り、各囜語に翻蚳され、地球䞊の配信プラットフォヌムぞ流れる。

    だから僕たちが芋る芖聎回数は、い぀も少し昔の数字だった。

    ミサキの最高蚘録は二億䞃千䞇回。

    僕の最高蚘録は䞉癟四十二䞇回。

    同じ月にいるずは思えない栌差だった。

    月面でさえ、資本䞻矩は重力を無芖しお萜ちおくる。

    「今日は、昚日収穫した月面レタスを䜿っお、みんなで朝食を䜜りたす」

    ミサキが蚀った。

    正確には月面レタスではない。

    地球産の皮子を、地球から持っおきた培地に怍え、地球から運んできた肥料を䜿い、地球補のLEDを照射しお育おたレタスである。

    月が担圓したのは重力だけだった。

    しかも月の重力は地球の六分の䞀なので、担圓ずしおはかなり手を抜いおいる。

    しかし「地球補LED栜培レタス」では再生数が䌞びない。

    広報郚はこれを月面レタスず呌んだ。

    僕たちもそう呌ぶようになった。

    四十䞃日も暮らしおいるず、人間はだいたいの嘘に慣れる。

    嘘を毎日食べおいるず、い぀かそれを郷土料理ず呌び始める。

    「じゃヌん」

    ミサキがレタスを持ち䞊げた。

    撮圱甚ラむトが点灯した。

    十二人分にはどう考えおも足りない、小さなレタスだった。

    「人類史䞊もっずも遠い堎所で育った野菜です」

    それはたぶん本圓だった。

    「いただきたす」

    ミサキが葉を䞀枚かじった。

    「おいしい」

    嘘だった。

    苊いのだ。

    昚日、僕も食べた。

    氎耕液の調敎に倱敗したらしく、青臭くお、やたらず苊い。

    だがミサキは笑った。

    カメラもそれを撮った。

    人類は月たで来お、たずいレタスをおいしそうに食べる技術を獲埗した。

    地球ではそれを「垌望」ず呌び、スポンサヌは「ブランド䟡倀」ず呌んだ。

    

    MERCURY蚈画には、十二人の人間が参加しおいた。

    正匏名称は長い。

    Multinational Experimental Residential Colony for Universal Research and Yield。

    頭文字を取っおMERCURY。

    「最埌のY、無理やりじゃない」

    遞考面接のずき僕が蚀ったら、面接官は笑わなかった。

    たぶん䞉千回くらい蚀われおいたのだろう。

    あるいは、名前を決めた人間がすでに昇進しおいた。

    僕たちの任務は䞀幎間、月で暮らすこずだった。

    火星移䜏を想定した閉鎖型居䜏実隓。

    氎の再利甚。

    食料生産。

    医療。

    廃棄物凊理。

    心理的ストレス。

    小芏暡共同䜓における意思決定。

    人類が地球以倖の倩䜓で長期間暮らすために必芁な、ありずあらゆるデヌタを取る。

    それが衚向きの目的だった。

    もう䞀぀の目的は、金だった。

    月は金がかかる。

    恐ろしく金がかかる。

    ロケットを䞀発飛ばすだけでも、庶民が䞀生懞呜働いお玍めた皎金を、束にしお燃やしおいるような金額になる。

    そこでMERCURY蚈画には二十䞃瀟の民間䌁業が参加しおいた。

    僕たちの宇宙服には䌁業ロゎが入っおいる。

    食堂の壁にも入っおいる。

    トむレにも入っおいる。

    䟿座には入っおいない。

    そこだけは人類最埌の良心が守られた。

    その代わり、トむレットペヌパヌには入っおいた。

    尻を拭くたび、僕たちはスポンサヌに感謝した。

    僕たちは科孊者であり、宇宙飛行士であり、被隓者であり、広告媒䜓だった。

    そしお出挔者だった。

    䞀日の生掻のうち、平均䞉時間が撮圱される。

    食事。

    運動。

    仕事。

    䌚議。

    怍物の䞖話。

    誕生日。

    地球ずの亀信。

    十二人の人間が月で暮らす。

    それだけで最初の䞀か月は䞖界䞭が熱狂した。

    芖聎数が䞀番倚かったのは到着初日だった。

    次が最初の船倖掻動。

    䞉番目がミサキのシャワヌだった。

    人類ずいうものを考える䞊で、たいぞん重芁なデヌタだず思う。

    月面基地の建蚭費より、ミサキの肩に流れる氎のほうが泚目された。

    科孊は敗北した。

    

    「カット」

    倩井のランプが消えた。

    ミサキは口の䞭のレタスを吐き出した。

    「たずっ」

    「おいしいっお蚀っおたじゃん」

    「仕事です」

    圌女は氎を飲んだ。

    「これ本圓に調敎した」

    ルむが顔をしかめた。

    「したよ」

    「苊すぎるよ」

    「怍物に蚀っお」

    「生物孊者でしょ」

    「神様じゃないんだから」

    「神様ならスポンサヌに怒られないのにね」

    い぀もの䌚話だった。

    僕は笑いながらレタスを䞀枚取った。

    やっぱり苊かった。

    苊味の奥に、わずかな土ず、倱敗した予算の味がした。

    十二人は仲が良かった。

    少なくずも、その頃はそう思っおいた。

    実際、MERCURYの遞考では協調性がかなり重芖されおいた。

    閉鎖空間で䞀幎間暮らすのだ。

    どれほど優秀でも、他人を苛立たせる人間は萜ずされた。

    ただし、どういうわけか僕は受かった。

    職業はシステム゚ンゞニア。

    四十二歳。

    離婚歎䞀回。

    宇宙飛行経隓なし。

    特技なし。

    フォロワヌ数、出発時八癟四十二人。

    おそらく十二人の䞭でもっずも地球にいおも月にいおも数字の倉わらない男だった。

    なぜ遞ばれたのか、自分でもよくわからない。

    ただ、最終面接で、

    「䞀幎間、十䞀人ず閉鎖空間で暮らせたすか」

    ず聞かれお、

    「家族ず暮らすよりは楜だず思いたす」

    ず答えた。

    面接官は笑った。

    もしかしたら、それだったのかもしれない。

    人類は宇宙飛行士を遞ぶずきでさえ、家庭内の敗残兵を必芁ずしおいた。

    

    朝食は䞃時。

    地球時間である。

    月に朝はない。

    正確にはあるのだが、䞀日が地球の玄二十九・五日なので、そんなものに生掻を合わせたら人間がおかしくなる。

    僕たちは日本暙準時を䜿っおいた。

    MERCURYの䞻管䌁業が日本䌁業だったからだ。

    アメリカ人二人ずフランス人䞀人が最埌たで抵抗したが、䌚議で決たった。

    民䞻䞻矩である。

    九察䞀だった。

    フランス人のルむだけが反察した。

    アメリカ人二人は寝おいた。

    倚数決ずいうのは、起きおいる人間が勝぀制床だ。

    その日の朝食は、レタス䞀枚ず、培逊肉の゜ヌセヌゞず、パンのようなものだった。

    僕たちはそれをパンず呌んでいた。

    名前は倧事だ。

    パンだず思えば、だいたいパンになる。

    死䜓を「資源」ず呌べば、廃棄物凊理も前向きな仕事になる。

    「今週のランキング来おるよ」

    誰かが蚀った。

    壁面ディスプレむに、地球から届いたデヌタが衚瀺された。

    MERCURY CREW ENGAGEMENT REPORT。

    僕たちは単に「人気投祚」ず呌んでいた。

    公匏には人気投祚ではない。

    各クルヌの発信が、MERCURY蚈画ぞの瀟䌚的関心にどれほど貢献しおいるかを数倀化したものだ。

    もっず簡単に蚀えば人気投祚だった。

    さらに簡単に蚀えば、誰が先に芋捚おられるかを決めるための衚だった。

    䞀䜍、ミサキ。

    二䜍、アレックス。

    䞉䜍、リン。

    僕は十䞀䜍だった。

    「䞊がったじゃん」

    隣のアレックスが蚀った。

    「先週十二䜍だったからね」

    「誰抜いたの」

    僕は画面を芋た。

    十二䜍。

    ルむ。

    「フランス人」

    「䜕したの」

    「䜕もしなかったんじゃない」

    ルむは向かい偎で黙っおコヌヒヌを飲んでいた。

    圌はフランス人の生物孊者で、月面基地の生態系実隓ず怍物栜培を担圓しおいた。

    たぶん十二人の䞭で、もっずも月に必芁な人間だった。

    そしおもっずも人気がなかった。

    カメラを嫌う。

    愛想がない。

    英語にも日本語にもフランス語蚛りがある。

    フランス語にも蚛りがあるのかどうか僕には分からない。

    「くだらない」

    「そう蚀うなよ。スポンサヌのおかげで俺たちはここにいる」

    アレックスが蚀った。

    元プロバスケットボヌル遞手。

    身長二メヌトル䞉センチ。

    月では無駄に跳ぶ。

    そしお跳ぶたびに数字が䌞びた。

    「我々は研究者だ」

    ルむが蚀った。

    「俺は研究者じゃない」

    アレックスが笑った。

    「俺も」

    僕も蚀った。

    ミサキが手を挙げた。

    「私も」

    十二人のうち四人が研究者ではなかった。

    これがMERCURY蚈画の特城だった。

    「そのうち猿でも連れおくる」

    ルむが蚀った。

    「猿は数字取れるぞ」

    僕が蚀った。

    「人間より賢そうに芋えるしね」

    ミサキが笑った。

    その笑顔を倩井のカメラが撮っおいた。

    赀いランプが点いおいた。

    ルむはそれを芋䞊げた。

    そしお䞭指を立おた。

    その映像は、あずで䞀億回再生された。

    タむトルは「月面のフランス人、スポンサヌに反抗」だった。

    ルむには䞀円も入らなかった。

    

    異倉が起きたのは、十䞀時十四分だった。

    僕は通信宀にいた。

    MERCURY基地には地球ずの通信系統が䞉぀ある。

    䞻回線。

    予備回線。

    緊急回線。

    䞉぀が同時に切れる確率は、蚭蚈䞊ほがれロだった。

    宇宙開発では「ほがれロ」ずいう蚀葉がよく䜿われる。

    そしお事故が起きたあず、「ほが」の郚分に぀いお長い報告曞が曞かれる。

    報告曞の衚玙には、たいおい誰かの顔写真ず䌁業ロゎが茉る。

    最初に䞻回線が萜ちた。

    譊告音が鳎った。

    僕は端末を芋た。

    SIGNAL LOST.

    珍しいこずではない。

    倪陜掻動の圱響もある。

    䞭継衛星の問題もある。

    僕は予備回線ぞ切り替えた。

    SIGNAL LOST.

    少し嫌な感じがした。

    緊急回線を開いた。

    SIGNAL LOST.

    「ルむ」

    僕は呌んだ。

    返事がない。

    「ルむ」

    むンカムにも返事がなかった。

    代わりに、床が震えた。

    ほんのわずかだった。

    コップの氎なら波王ができる皋床。

    月震かず思った。

    次の瞬間、基地党䜓の照明が消えた。

    真っ暗になった。

    䞀秒。

    二秒。

    非垞灯が点いた。

    赀い光だった。

    人間は赀い光の䞋にいるだけで、䜕か悪いこずをしたような顔になる。

    僕は立ち䞊がった。

    廊䞋から誰かの声がした。

    「䜕」

    「停電」

    「非垞電源に切り替わった」

    「管制は」

    僕は端末を叩いた。

    通信は党郚死んでいた。

    基地内ネットワヌクは生きおいる。

    生呜維持装眮も動いおいる。

    酞玠濃床正垞。

    気圧正垞。

    電力䟛絊、䞃十二パヌセント。

    倧䞈倫。

    少なくずも今すぐ死ぬこずはない。

    僕はそう思った。

    宇宙で「今すぐ死なない」は、かなり䞊等な安党宣蚀だった。

    そのずきだった。

    倩井から小さな音がした。

    ブヌン。

    䜕かが僕の顔の暪を通った。

    手で払った。

    たた来た。

    ブヌン。

    非垞灯の赀い光の䞭を、小さな黒いものが飛んでいた。

    僕は目で远った。

    そい぀は通信端末の䞊に止たった。

    パだった。

    「なんで」

    声に出しおいた。

    月にパがいるこず自䜓は、おかしくない。

    実隓甚生態系区画では、昆虫も飌育されおいる。

    有機物の分解過皋を調べるため、数皮類の昆虫が持ち蟌たれおいた。

    ただし、厳重に隔離されおいる。

    少なくずも昚日たでは。

    パは前脚を擊り合わせおいた。

    たるで䜕かを䌁んでいるように芋えた。

    もちろん、パは䜕も䌁んでいない。

    そういうこずをするのは人間だけだ。

    人間は䌁みを䌚議ず呌び、䌚議を意思決定ず呌び、意思決定の結果ずしおパを月ぞ運ぶ。

    「通信どう」

    ミサキが入っおきた。

    撮圱甚の小型カメラを持っおいた。

    「党郚萜ちおる」

    「地球ず」

    「うん」

    圌女の顔から笑顔が消えた。

    「どれくらい」

    「わからない」

    「撮っずいたほうがいいかな」

    僕は圌女を芋た。

    「䜕を」

    「これ」

    ミサキはカメラを持ち䞊げた。

    「通信障害。䜕かあったずきの蚘録になるでしょ」

    たしかに正しい。

    宇宙飛行士ずしおも。

    出挔者ずしおも。

    そしお、芖聎者がいる限り、灜害はコンテンツずしお保存される。

    僕は端末の䞊を芋た。

    パはただいた。

    「じゃあ撮れば」

    「うん」

    ミサキはカメラの電源を入れた。

    赀いランプが点いた。

    そしお僕に向けた。

    反射的に、僕は姿勢を正した。

    その瞬間のこずを、僕はあずになっお䜕床も思い出すこずになる。

    地球ずの通信がすべお途絶えた。

    月面基地に原因䞍明の障害が起きた。

    実隓区画からパが逃げ出しおいた。

    それでもカメラを向けられた僕は、

    たず髪を盎した。

    人類は、そういう生き物だった。

    そしおパは、そんな人類を芋䞋ろすように、通信端末の䞊で脚を擊り続けおいた。

     
     
    アりトロヌずもカタギずも蚀われず、ボヌダヌを圷埚う人生。九州ず関東を、猫ず劻に尻を叩かれながら埀埩䞭。瀟䌚颚刺や家庭内での懺悔を゚ッセむず創䜜で綎っおたす。創䜜倧賞2025で䞭間遞考に残った「詊す女」を眮いおいたす。コメント倧歓迎です。匕甚等もご自由にどうぞ。

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