
4人分から2人分へ。味噌汁をまだ作りすぎる
※このnoteは、沼津でスーパーの惣菜を作る53歳・久住早苗という架空の人物の目線で書いた創作エッセイです。登場する人物・お店・エピソードはすべて創作です。
4人分から2人分へ。味噌汁をまだ作りすぎる
こんにちは。久住早苗です。
朝晩が急に涼しくなりましたね。
大岡の家でも、主人の作業着を一枚だけ長袖に替えました。
次の日にはもう、その長袖を主人が着ていました。
こういう日は、汁ものがほしくなります。
豆腐とねぎ。白菜としめじ。
鍋に水を入れて、だしを取って、いつものように野菜を入れる。
それで、また作りすぎるんです。
子どもが家を出て、母もいなくなって、いまは主人と私の二人です。
頭では分かっているのに、手が覚えている量は、まだ四人分のままなんですよね。
鍋のふたを開けて、少し笑ってしまう
このあいだも、夕飯に味噌汁を作りました。
豆腐を一丁、ねぎを二本。
それに、冷蔵庫にあったしめじ。
できあがった鍋を見て、ああ、まただと思いました。
主人は何も言わずに二杯飲みました。
私は一杯。
それでも、翌朝の分がきれいに残りました。
昔は、残ることを気にしていませんでした。
子どもたちがまだ家にいて、母の分もあったころは、大きめの鍋が空になると少しほっとしたものです。
いまは、鍋の中に残った味噌汁を見ると、台所の人数だけ先に減って、手だけが追いついていないのだなと思います。
「二人分」が、まだうまく決められない
二人分って、意外とあいまいです。
主人がもう一杯飲むかもしれない。
次の朝にも飲みたいかもしれない。
寒くなったら、具だくさんにしたくなる。
だから私は、きっちり二杯分にするのを、いったんやめました。
鍋に入れる具を、前より一つ少なくする。
豆腐は一丁まるごとではなく、半分にする日もある。
ねぎも、残りは輪ゴムでとめて冷蔵庫へ戻します。
少なく作れた日は、ちょっと物足りない気がします。
多く作った日は、翌朝に温めればいいと思えます。
どちらも、まだ練習中です。
日曜に作るゆで卵も、前は六個でした。
いまは四個です。
二個減らすだけなのに、最初はなんだか頼りなく見えました。
でも、水曜の夜に冷蔵庫を開けたとき、ちゃんと四個で足りていたことが何度かありました。
手が覚えた量を、少しずつ変える
二人分の暮らしに慣れるのは、献立を変えることより、手の癖を変えることなのかもしれません。
私は、味噌汁の鍋を出す前に、食卓の茶碗を二つ見るようにしています。
それから、野菜を切る前に一度だけ、まな板の上を見ます。
「今日はこれで足りるかな」と思ったら、そこで包丁を置く。
足りなければ、冷蔵庫の卵を一つ足せばいい。
そんなふうにしていると、二人分を間違えた日も、少し気がラクです。
余った味噌汁は、朝に主人が飲むかもしれない。
飲まなければ、私が昼に温めるかもしれない。
四人分を作っていた手を、急に二人分に変えなくてもいいのかもしれませんね。
鍋のふたを開けて、また多かったなぁと思いながら、少しずつ覚えていけたらと思っています。
こむぎは台所の入り口で丸くなって、鍋の湯気が上がるたびに耳だけ動かしていました🐕
今日の夕飯が、少しでもラクになりますように🍀