
【ショート・ショート】 ルーム・サーヴィス(過剰)
*なみさん主催のこちらの企画に参加しています!
ホテル最上階のプレミアスイートに踏み入れるなり、僕はソファに倒れ込んだ。
ミカは光沢のある白いパンプスを脱ぎ捨て、ベッドに潜り込もうとして、思いとどまった。
「一晶くん、脱がせて」
ミカの白い背中は白いウェディングドレスに包まれている。
脱がせかたが分からない。
ミカはくるみボタンの下の隠しファスナーの位置を手で示した。
「ウェディングドレスって、着るっていうより、入るって感じなのよ」
ドレスの下からは純白のコルセットが現れた。
ビスチェタイプのコルセットと豪奢なレースの下着、ガーターベルトとレースのストッキングという扇情的な組み合わせで、ミカはキングサイズのベッドに横たわった。
結婚式から披露宴、長い一日がやっと終わった。
ミカと誓いのキスをするなんて、すごく変な気分だった。
もちろん、ミカの顔かたちは好みだ。
涼しげな目元も薄い唇も、整った横顔のラインも、全てが美しい。
とはいえ、僕はチャペル前列の親族席のほうばかり気にしていたし、ミカも同じだったと思う。
ドアベルが鳴った。
扉前に立っていたのは僕の妹の千晶だった。「ルーム・サーヴィスです」
気取った口調とは裏腹に、千晶はうつむいたままフルーツやケーキののった大きなお盆を差しだした。
「お兄ちゃんもミカちゃんも、披露宴ではあんまり食べられなかっただろうからって、ママが式場のひとに頼んでくれたの」
僕は礼を言って金色の盆を受け取った。
「部屋に入りなよ」
「入っていいの?」
僕は妹の肩に腕を回した。
「僕の小さな千晶。僕がいったい誰のために、ミカと結婚したと思ってるんだ」
ベッドではミカが千晶を待っていた。
「かわいい」
ミカは千晶のシフォン素材のワンピースをほめた。
「ミカちゃんのほうが綺麗よ。ドレスも綺麗だったけど、ビスチェも素敵ね」
千晶はミカの下着姿を見て顔を赤らめた。
僕はサイドテーブルに盆を置き、床に散らばっていたドレスをクローゼットに運んだ。
明日の朝に担当者が、ミカのウェディングドレスと僕のモーニングを部屋まで回収に来る。
片側の壁面いっぱいの窓から東京タワーが見える。空が紫色に染まり、タワーの灯りが柔らかに輝き始める。
ミカと千晶はラズベリームースを食べさせ合って、笑い合っている。ベッドの足元にはウェディングブーケが転がっている。
シーツの下で脚を絡めて、むつみ合う女たちを、僕は眺める。
僕は、僕の女性たちが愛し合うのを見るのが好きだ。
「一晶くんは、見ているだけなの?」
ミカが誘う。僕はうなずく。
「今夜は初夜だからさ」
「好きなんでしょ。そういうの」
見られるのが好きなのは、ミカのほうだ。
千晶はすがるような目で兄である僕を見ている。千晶は、お兄ちゃんに手伝ってもらう、ことが好きなのだ。
再びドアベルが鳴った。
「ルーム・サーヴィスです」
気怠い口調でファーストフード店の包みを突き出したのは、ミカの弟のルカだった。
「気が利くね。ありがとう」
僕は礼を言って受け取る。
「披露宴で、お内裏様とお雛様ごっこやらされてる間、食ってないんだろ」
ルカはことわりもせずにスイートに入ってきた。
高校の制服を着崩さずきっちり着ているルカの姿は貴重だ。
結婚式に出席するに当たって、学生の正装は学生服である、というのは両家共通の認識だった。
「一晶、まだ着てるの? それ」
ルカが僕をソファに押し倒した。僕はまだモーニングを身につけたままだった。
「ルカが手伝ってくれたら脱ぐ」
「へえ」
ルカは僕の衣類を脱がせるのではなく、自分のネクタイを緩めた。
彼の喉仏の存在感に、僕の喉が鳴る。
「俺は、着たままでもいいけど」
ルカは僕の上に馬乗りになる。
基本的には、僕はルカに乗り回されるほうが好きだ。
「借り物なんだ。汚すわけいかない」
「嘘つけ。好きなんだろ。そういうの」
姉のミカとそっくりな仕草で、同じようなことを言い放つ。
ルカの顔かたちは僕の好みだ。涼しげな目元も、薄い唇も、整いすぎた横顔のラインも、全てが彼の姉に似て美しい。
「それで、誓いのキスは?」
「ルカが成人してから」
僕はうそぶく。
「成人してる。俺の誕生日、先月だった」
「じゃあルカが高校を卒業してから」
甘ったるくて泡の立つ飲み物は、やんちゃな男の子にふさわしい。
ルカは自らデリバリーしてきたコーラを一口飲んだ。
弾けるような笑いとキスと反転する視界。
ルカは僕をベッドに連れて行った。固く結ばれたままの靴紐に気が付いて、千晶が僕の靴を脱がせてくれた。
三たび、ドアベルが鳴った。
僕が扉を開けに行った。
僕の衣服の状態が、四人の中で一番マシだったからだ。
「ルーム・サーヴィスです」
銀色のワゴンを押して現れたのはリカだった。
リカはミカとルカの、末の妹だ。姉と兄に似たクールな目元で、リカは僕に微笑みかけた。
ワゴンからは弘晶が転がり出してきた。
弘晶は僕と千晶の弟だ。
弘晶を助け起こしたのはリカだった。
二人とも同じ私立中学の制服を着ている。お揃いのチェックのスカートを穿いて、お揃いのえんじ色の細いリボンタイを締めている。
弘晶がリカの耳に何かささやく。弘晶は、学校ではリカ以外とは全く話さないそうだ。
「俺に誕プレ?」
ルカがやって来て、弘晶の胸元のリボンに手を伸ばした。
弘晶は右手でリカの手をぎゅっと握り、左手でスカートの裾をいじっている。
弟は男ものの衣類を好まないのではなく、リカと同じものを好むのだ。
リカは弘晶の手を引いて、姉のミカのところに連れて行った。
ミカはシーツに包まったまま半身を起こし、弘晶を抱擁する。千晶が小さな弟のスカートの裾を直してやる。
僕を見上げるリカの、肩で切りそろえた髪がさらさらと揺れる。
リカの顔かたちは、もちろん僕の好みだ。
涼しげな目元も薄い唇も、整った横顔のラインも、全てがリカの姉と兄に似て美しい。
「一晶くん、その服とっても素敵ね。似合ってる。今日はそのままする予定なの?」
兄のルカと同じような台詞。
恐るべき十四歳は妖艶に微笑んだ。
「好きなんだよ。そういうのが」
ルカがコーラを飲みながら妹に教えた。
そこへ、四たびめのドアベルが鳴って・・・・・・。
《 完 またはネバーエンディング 》
*本文は2,508字です。怖い話にはなりませんでしたが、癖を詰め込んだ、込み入った関係性の家族の話になりました。ショートショートとして成立しているのか……??不安ありつつです。読んでくださってありがとうございます!