
【短編小説】MGR/214
ラビアが向日葵のピアスに触れたら、それが合図だ。疾風迅雷、額縁の下端に指を滑らせる。
彼女の言葉通り、そこには小さな金属の出っ張りがあって、そいつを指の腹でカチリと押し込んでやると、ロックが外れ、重たい額縁が数センチだけ手前へ傾いた。
生じた隙間に手を差し入れる。ざらついた裏板にテープで留められた一枚の古びた乗車券を剥ぎ取って、ポケットにねじ込み、額縁を押し戻す。
背後でラビアが小さく咳払いをした。
俺は、何事もなかったかのように半歩下がり、退屈な風景画を見上げる客に戻った。
* * *
ルート214を抜けた先には、「Chocolate」と揶揄される茶色い海が広がっている。前にラビアが「風に乗って甘い匂いが漂ってくる」と言っていた場所だ。
「今夜は上手に眠れそう?」
猫のように真ん丸い瞳が此方を見詰めている。古来より瞳は、心を映す鏡だと云うが、この女の底が読めた試しは一度もない。
「好きだわお前のこと俺」
「倒置法がすぎる」
左後ろを確認してからハンドルを切る。タイヤが軋みをあげ、遠心力に振り回されたラビアはアシストグリップを掴む。それから120を示すメーターを細目で見やり、「スピード、落としたら?」と俺に対する異議申し立てを口にした。
「速いに越したことはない」
平然と切り返したが、ラビアは口を尖らせたまま、メーターから視線を外さない。
「私のお父さん、カーレーサーだったの」
「初耳ですわ」
「それで私が子供の頃に、お父さんがル・マンの24時間レースに出たことがあって、そのとき、レーシングカーを運転する姿を初めて見たんだけど、それがすごくかっこよくてね。レースを終えたお父さんに、『私も乗りたい』って言ったの」
「はあ」
「そしたら、ル・マンのレース週間にだけ立つ移動遊園地に連れて行かれて、ブースターっていう高速回転する乗り物に乗せられたの。時速135キロの世界なんて、私にとってはただの恐怖でしかなかったわ」
「減速はしませんよ」
「そのあとにね。メリーゴーランドに乗ったの。手回しオルガンのノスタルジックな音色に合わせて、飾り立てられた木馬がゆっくりと上下するだけの、退屈な乗り物よ。振り回されることもないし、景色はただのんびりと流れていくだけ。でもね、頬を撫でる風が心地よくて、きらきら光る電飾越しに見える景色が、とても綺麗だったわ」
彼女はふっと息をつき、流れる窓の外へと視線を向けた。
「時間を味わうのよ」
「コイツだと不満って言うのか?」
片手でハンドルを握ったまま、ポケットからあの額縁の裏から剥ぎ取った古びた乗車券を取り出し、助手席でお行儀よく座っているラビアの膝へと放り投げる。彼女はそれを指先で摘むと、車窓から差し込む太陽光に翳した。光を透かしたセピア色の紙片の横で、向日葵のピアスがキラキラと鮮やかに輝いている。彼女は子供のように笑った。
煙草に火を点ける。
窓を開けると、鉄が錆びたような風が吹き込んできて、ラビアは慌てて乗車券を握り締めた。
あとがき
私には「もう一歩、先に」という感覚が、常に付き纏っている。だからこそ成長できているのだとも言えるのだが、正直なところ、ひたすらに疲れます。
毎日投稿だけはやめた方がいいです。人間のやることじゃありません。誇ることではないと思いますが、私はノラマガメンバーの中でもっとも人間じゃない男です。妖精に近しい存在です。
妖精剣、未だ果てなく!
特に関係はないのだけれど、この小説を推敲しているとき、なんかこの曲を思い出しました。
変わらないものなんか何一つないけど、変わるスピードが違ったんだなあ。
おまけ

可愛い女の子を作る技術だけが上昇していく今日この頃