
仮住まいのつもりで暮らす、の原点
最近、同じ本を繰り返し読んでいる。
何度読んでも発見があり、飽きない。
800年以上も前に書かれた、まさに不朽の名作。
きっと皆さんも、教科書などで一度は読んだことがあると思います。
行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。
鴨長明の、方丈記である。
読んでいるのは新訳ですが。
わたしの「仮住まいだと思って暮らす」の原点
いまのわたしを作った1冊と言っても良いと思う。
何を隠そう、仮住まいのつもりで生活する・3ヶ月後に引越すつもりで片付けながら暮らすといういまのわたしの生活スタイルは、方丈記の影響です。
鴨長明の庵は、自分で自分の世話をするためのものであって、来客のための見栄や映えを狙うものではない。
趣味のものや季節を感じるものを揃えながらも、気持ちは仮の住まいだと思って暮らしている。
実際コンパクトで簡単に持ち運びができる家に住んでおり、自力で引越しをしている描写もあります。
こう書くと自分に厳しいストイックな人のように感じるかもしれないけれど、読み込むとそうではないことが分かります。
確かに住まいは人里離れたところで、質素な暮らしをしてはいる。
けれど、心はとても豊かで、自由で、人間味の溢れた人であることが文章から伺えるのです。
気が乗らなかったら読経せず、なまけて休む(すごく好き!)。
秘曲と呼ばれる特権階級にしか許されていない曲を「誰も聞いていないのだから」と言って弾いてしまったりする。
過去の不満を書き記しているのは、きっと嫉妬心や迷いがあるからなのだろう。
ちなみに、仮住まいだと思って暮らしていたけれど5年も経っていた…なんか馴染んじゃった…という告白もしています。
山の中を歩き、五感で季節の移ろいを感じる生活には満足している。
けれど都へ行くと自分自身のことを惨めに感じることもあり、心に迷いがあることも自覚している。
世俗を離れた生活をしている鴨長明の生き方は、達観した生き方のようにも見えるけれど、抱えている悩みや心の持ち方は現代人にも通ずるように感じます。
精神的な安定と、適量で快適な暮らし
季節の変化や自然の美しさに心打たれ、趣味の琵琶を好きなように弾き、面倒に感じたらなまけ、たまに京都へ降りてちょっと苦しくなり、それでも生きている。
人生に不安は絶えない。
「いま」が一生続くわけではない。
人も物も世の中も、常に変化している。
いずれ壊れたり、消えて失われていく物なのだ。
鴨長明は世間で起きているさまざまな災厄を見聞きし、この世の無常観を綴っています。
この視点も、平常心を保つために心のどこかに持ち続けていたいと思う。
彼の生き方を丸ごと真似したいとは思いませんが、彼の人生観からは学ぶことが多い。
何度読んでも掴みきれないし、何度読んでも分からないこともある。
だからこそ方丈記が好きだし、鴨長明に心惹かれるのだと思います。
方丈記には到底及びませんが、わたしなりの「仮住まいのつもりで暮らす」日々についてのエッセイ本はこちら。
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