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脊髄小脳変性症:1996

    (私の自伝②【湘南自殺ウォーキング】から)

     【この病気】によって足が悪くなっていたことも、育児を苦痛にしている要因だった。
    子どもというのは、ハイハイしている時期や歩くようになる時期がある。
    その子どもが、足の悪い僕にとっては、障害物になってしまう。
    子どもや子どものおもちゃが家の中にあると恐かったし、
    【僕は足が悪いのに、なぜ子どもなんか】
    と理不尽な感じ方をしていたのである。

     ケガをしたことが何度かあった。
    を連れて歩いているときに、長男がパッと飛び出しそうになったので、【待て!】と叫びながら後を追った。
    そしたら、長男はピタッと立ち止まった。
    追突しそうになった僕は、思いっきり踏みとどまった。
    そしたら、反動で思いっきり後ろに倒れてしまった。
    それでとっさに手を付いたら、手首を骨折してしまったというわけである。

     保育園にお迎えに行くようになって、なんとなく言葉に出来ない恐ろしさを感じていた。
    足元をうろちょろする園児たち。
    床に置かれた数々のおもちゃ。
    園児用に設計されている、小さな机と椅子。
    それらのものが恐怖を感じさせるものとして僕の目に映った。
    当時は、その理由はわからずにいた。
    また、別の日には長男の保育園で、園児が投げたボールに驚いてバランスをくずし、転倒。
    尾骨を骨折した。

    ※ 散歩中の骨折は、【てくてくピアネット】
      の番組で、紹介していただきました。
      以下、応募全文
    ────────────
    君が3歳のある日。
    パパと二人で歩いてたね。
    今だから言うけど、あの頃はかなりふらついてた。
    病名すらわからない時期だった。
    君が飛び出しそうになって、《待て!》と追いかけた。
    君がピタリと止まったから、パパは君に追突!!
    の寸前で踏み留まった。
    反動で仰向けに倒れ、手首骨折!
    君を育てていて、骨折は4回。

    それだけ身体をはって、君と歩いた日々が懐かしいよ。
    今では、君も大人になって、難しい試験に合格した。
    副店長として、立派に働いているんだよね。

    《人は何のために生きるのか?》
    君が教えてくれた。
    ありがとう。

    ──────


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    ─────────
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