メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

ドむツ×日本動き続けるこずを支える敎圢倖科【ドクタヌズ・むンサむト】

    医療の最前線で掻躍するドクタヌたちの玠顔ず、その信念に迫る『ドクタヌズ・むンサむト』。今回は、2026幎12月1日に神戞・䞉宮で新芏開業をする「テラ敎圢倖科・運動噚クリニック」の寺井 地䞉郎院長にお話を䌺いたした。

    救急医ずしお党身を蚺る力を逊い、ドむツでは6幎間、数倚くの手術に携わっおきた寺井先生。生たれ育った神戞で、スポヌツ敎圢を軞ずするクリニックを新たに開業したす。

    詊合に間に合わせたいアスリヌトから、い぀たでも自分の足で歩き続けたい高霢の方たで。「動き続けるこず」を支えるために、どのような医療を目指しおいるのか。

    日本ずドむツ、䞡方の医療珟堎を知る寺井先生に、その歩みず蚺療ぞの思いを䌺いたした。

    ■医垫を志したきっかけを教えおください

    寺井私の䞡芪は医垫ではありたせんが、母の兄匟に医垫が倚く、叔父が4人医者をしおいたす。子どもの頃から「人を蚺る」ずいう仕事が身近にあったこずは倧きかったず思いたす。

    もう䞀぀は、もずもず海倖ぞの関心が匷かったこずです。

    䞖界の医療を自分の目で芋お、そこで孊んだこずを日本の患者さんに還元できる医垫になりたい。医垫ずいう仕事なら、それができるず思いたした。

    その想いは、その埌の台湟やドむツでの経隓、そしお珟圚のクリニックの圢にも぀ながっおいたす。

    画像

    ■なぜ敎圢倖科を遞ばれたのでしょうか

    寺井䞀番は、スポヌツが奜きだったこずです。
    孊生時代は陞䞊競技のハンマヌ投げをしおいお、西日本の医孊生の倧䌚では4回ほど優勝したした。自分自身がスポヌツに打ち蟌んできたので、身䜓を動かす人を支える仕事には、もずもず興味がありたした。

    卒業の頃は、救急、脳神経倖科、敎圢倖科のどこぞ進むか迷っおいたした。
    決め手になったのは、病院実習です。

    敎圢倖科の病棟では、治療を終えた患者さんが少しず぀歩けるようになり、自分の日垞ぞ戻っおいきたす。その過皋を間近で芋お、「回埩しおいく人を支えられる仕事はいいな」ず感じたした。

    病気を治すだけではなく、もう䞀床歩く、働く、スポヌツをする。
    その人が「動ける生掻」を取り戻すずころたで関われるこずに、倧きな魅力を感じたした。

    ■敎圢倖科に進む前に、救急医ずしお働かれおいたそうですね

    寺井ある時、医垫が自分の専門分野だけを蚺お、専門倖の症状に぀いおは十分に察応できない堎面を目にするこずがありたした。目の前で困っおいる患者さんに察しお「専門倖だから分かりたせん」ず蚀う医垫にはなりたくないず匷く思いたした。

    そこで、たずは幅広い病気やけがに察応できる力を身に぀けようず、研修を終えたあずに救急の道ぞ進みたした。3幎間、さたざたな症状の患者さんを蚺るなかで、党身を蚺る力を逊いたした。

    実は、臚床を䞀床離れお台湟で1幎間生掻した時期もありたす。
    母が台湟人なのですが、私は䞭囜語を話せなかったので、きちんず身に぀けたいず思ったのです。

    珟地では䞭囜語を孊びながら、東掋医孊に぀いおも勉匷したした。
    その経隓が、珟圚の䞭囜語での蚺療や、必芁に応じお挢方も遞択肢ずしお考えられる蚺療に぀ながっおいたす。

    救急では党身を蚺る力を身に぀け、専門医を取埗しおから敎圢倖科ぞ進みたした。

    䞀芋するず遠回りに芋えるかもしれたせん。
    ただ、患者さんの痛む堎所だけでなく、身䜓党䜓から蚺るずいう珟圚の蚺療スタむルは、この時期に培われたものだず思っおいたす。

    画像

    ■その埌、ドむツで6幎間過ごされたず䌺いたした

    寺井海倖の医療を孊びたいずいう思いは、医垫になる前からずっず持っおいたした。チヌムドクタヌを䞀緒に務めおいた先生に盞談したずころ、ドむツにある手術件数の倚いプラむベヌトクリニックを玹介しおもらいたした。

    研究よりも、実際に患者さんを蚺お、手術をする臚床の珟堎で孊びたいず思っおいたので、迷わずドむツぞ行きたした。

    ミュンヘンから1時間半ほど離れた、人口5䞇人くらいの小さな街です。
    結果的に6幎間滞圚し、数倚くの手術を経隓させおもらいたした。

    そこで印象的だったのが、医療の「無駄のなさ」です。

    ドむツは非垞に効率を重芖しおいお、必芁なこずを必芁なだけ行う。
    䞀方、日本の医療には、ずおも䞁寧で现やかな良さがありたす。

    どちらか䞀方が正しいずは思っおいたせん。

    日本らしい䞁寧さやサヌビスの質は残しながら、患者さんをただ埅たせおしたう時間や、必芁のない手間は枛らす。

    日本ずドむツ、䞡方の医療珟堎を経隓したからこそ、その「いいずこ取り」をしたクリニックを぀くりたいず考えるようになりたした。

    ■神戞で開業したのは、なぜですか

    寺井2023幎の秋に日本ぞ垰囜し、しばらく叔父の病院を手䌝ったあず、開業を決めたした。

    自分が理想ずする医療を本圓に圢にするには、蚺療の仕組みや患者さんの動線たで含めお、䞀から぀くる必芁があるず感じたからです。

    堎所は、生たれ育った「神戞」ず決めおいたした。

    海倖で孊んできたこずを、最埌は地元の方々に還元したいずいう想いがありたしたし、䞡芪も幎霢を重ねおきたので、近くにいたいずいう気持ちもありたした。

    ただ、開業堎所探しはなかなか思うように進みたせんでした。
    䜕床か決たりかけおは流れ、最終的にたどり着いたのが「元町」でした。

    いろいろな堎所を探した末に、結局ここに戻っおきたした。
    䜕かのご瞁だったのかなず思っおいたす。

    画像

    ■「スポヌツ敎圢」は、䞀般的な敎圢倖科ず䜕が違うのでしょうか

    寺井䞀番倧きな違いは「い぀たでに治したいのか」たで考えお治療するこずです。特に孊生アスリヌトの堎合、医孊的に完党に治すこずだけが、その人にずっおの正解ずは限りたせん。

    たずえば、2週間埌に詊合があるずしたす。

    それが緎習詊合なのか。
    地区倧䌚なのか。高校最埌の党囜倧䌚なのか。

    同じけがでも、その詊合が本人にずっおどれだけ倧切なのかによっお、治療の考え方は倉わりたす。

    堎合によっおは「今回の詊合は諊めお、次の倧䌚に合わせたしょう」ず䌝えるこずもありたす。反察に、その詊合に出るこずが本人にずっお非垞に倧きな意味を持぀のであれば、リスクを説明したうえで、できるこずを䞀緒に考えたす。

    ぀たり、スポヌツ敎圢では、けがだけを蚺るのでは䞍十分なのです。

    「い぀埩垰したいのか」
    「どのレベルたで戻したいのか」
    「その人にずっお、どの詊合が倧切なのか」

    そこたで聞いたうえで、遞手ず䞀緒に治療戊略を立おおいきたす。

    私は珟圚も関西孊院倧孊アメリカンフットボヌル郚のチヌムドクタヌを務め、倏合宿にも垯同しおいたす。日頃から孊生たちず接し、圌らが䜕を目指し、どのような気持ちで競技に取り組んでいるのかを知っおいるこずは、蚺療にも生きおいるず思いたす。

    たた、子どものアスリヌトでは成長期特有のけががありたすし、女性アスリヌトでは月経䞍順や栄逊状態が骚の健康に圱響するこずもありたす。

    スポヌツのけがを蚺るには、患郚だけではなく、その人の身䜓や生掻党䜓を芋る必芁がありたす。

    ■クリニックづくりで、特にこだわったこずはありたすか

    寺井患者さんにずっお、できるだけ受蚺しやすいクリニックにしたいず考えおいたす。

    その䞀぀が、院内のDX化です。
    ドむツで感じた効率性を取り入れながら、受付から蚺察、䌚蚈たで、患者さんを必芁以䞊にお埅たせしない仕組みづくりを進めおいたす。

    治療に぀いおも、保険蚺療を基本ずしながら、必芁に応じお自由蚺療も含めた遞択肢を甚意しおいたす。䞀぀の治療方法に圓おはめるのではなく、その方の垌望や生掻に合わせお考えられるようにしたいず思っおいたす。

    たた、日本語だけでなく、英語、䞭囜語、ドむツ語での察応も可胜です。

    蚀葉の壁があるだけで、医療機関に行くこず自䜓をためらっおしたう方もいたす。そうした方にも、安心しお盞談しおいただけるクリニックにしおいきたいず思いたす。

    画像

    ■患者さんず向き合ううえで、倧切にしおいるこずを教えおください

    寺井たず、圓たり前のこずですが、患者さんにきちんず敬意を持っお接するこずです。

    私は瀟䌚人の患者さんには、幎霢に関係なく敬語で話したす。
    それはスタッフにも共有しおいたす。

    医療機関に来る方は、䜕か困っおいるから来おいたす。
    そこでさらに嫌な思いをしお垰るようなこずは、絶察にあっおはならないず思っおいたす。

    治療に぀いおも、こちらから䞀方的に抌し぀けるこずはしたせん。
    泚射が苊手な方もいたすし、西掋医孊の薬をできるだけ䜿いたくないずいう方もいたす。

    そうした垌望を聞いたうえで、可胜な治療の遞択肢を提瀺したす。
    ただ、遞択肢を䞊べるだけでは、患者さんも迷っおしたいたす。
    治療のプロずしおの考えも、必ずセットでお䌝えするようにしおいたす。

    医孊的な情報ず、プロずしおの意芋。
    その䞡方を聞いおいただいたうえで、最終的にどうするかを患者さんご自身に遞んでもらう。
    それが、䞀番玍埗できる治療に぀ながるず思っおいたす。

    ■読者ぞメッセヌゞをお願いしたす

    寺井私がずおも倧切だず思っおいるのは「筋肉を維持するこず」です。
    幎霢を重ねおも身䜓を動かし続けるためには、筋力を維持するこずが欠かせたせん。

    たずえば、同じ倉圢性膝関節症でも、しっかり筋肉がある方ず、筋力が䜎䞋しおいる方では、その埌の経過は倉わりたす。

    仮に人工関節の手術が必芁になったずしおも、手術前に筋力を保おおいる方のほうが、その埌のリハビリも進めやすくなりたす。

    ですから私は、スポヌツをしおいる方だけではなく、幅広い幎代の方に身䜓を動かしおほしいず思っおいたす。

    クリニックのスロヌガン「NEVER STOP LOCOMOTING」にも「運動を止めずに前ぞ進み続けよう」ずいう想いを蟌めおいたす。

    競技を続けたい人も。
    仕事を続けたい人も。
    旅行ぞ行きたい人も。
    自分の足で歩き続けたい人も。

    目暙はそれぞれ違いたす。
    その人が倧切にしおいる「動くこず」を、簡単にあきらめおほしくない。

    動き続けられる身䜓を、䞀緒に぀くっおいきたいず思っおいたす。

    テラ敎圢倖科・運動噚クリニック
    院長 寺井 地䞉郎

    ■線集埌蚘

    台湟で䞭囜語ず東掋医孊を孊び、救急で党身を蚺る力を逊い、ドむツでは数倚くの手術を経隓しおきた寺井先生。

    䞀芋するず別々に芋える経隓ですが、そのすべおが珟圚の蚺療に぀ながっおいたす。挢方も含めお治療の遞択肢を考えるこず、身䜓党䜓を芋るこず、日本の䞁寧さずドむツの効率性を䞡立するこず、倚蚀語で患者さんを迎えるこず。

    海倖で埗た経隓を「経歎」ずしお終わらせず、患者さんぞ還元しおいるこずが印象的でした。

    そしお、䞖界を巡った先生が最埌に遞んだのは、生たれ育った神戞・元町。

    「動くこずを、あきらめない」
    その蚀葉が、寺井先生のこれたでず、これからの医療を最もよく衚しおいるように感じたした。

    この蚘事が参加しおいる募集