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【自分を推すのが最強】自分が自分の最強の味方だから自分を推す以外何があんの?


    現代は、「推し活」という言葉がすっかり市民権を、得て久しいですね。アイドル、アニメキャラ、YouTuber、あるいは身近なインフルエンサーまで、誰かを熱狂的に応援して、時間とお金を投資することが「人生の潤い」や「生きがい」だと語る人は少なくありません。

    実際、SNSを見渡してみれば、誰かの「推し」に対する熱い気持ちだったり、推しのために生きているような投稿であふれています。

    そんな感じですが、正直言って、私とはいえば 「なんでみんな、そんなに他人の人生に必死になれるん?そこまで他人に興味とかモテるもんなん?」なんて思っていたりするのが本音だったりするんですよね。

    とはいえ、誰かを応援すること自体を否定したいわけではありませんので、ここは誤解しないでほしいとことです。とはいえ、「この人生において、自分が自分の最強の味方なのだから、自分を推す以外に他に何があるんだ?推す対象は自分以外に存在しないだろ?」という気持ちがどうしてもあります。

    ちなみに、必死に自己肯定感をあげようしてきたけど、どうも上手くいかないと感じる方は以下の記事を読んでみるとそのモヤモヤが解決するかもしれません。


    1、正直、推しとかいたことないしほしいとも思わない

    唐突な自分語りで申し訳ないんですが、ちまたでは「誰々が尊い」などと盛り上がっているはいますが、私はこれまでの人生で「特定の誰かを熱狂的に推す」という経験をしたことが一度もありません。そして、これからもそんな存在がほしいと思うことは、おそらくないでしょう。

    というのも、他人に自分の幸福の主導権を握らせるほど、リスクが高くてコスパの悪いことはないと思っているので。他人が自分の生きる糧になるなんて、「はい?正気の沙汰じゃない!」って感じなんですよね、はっきり言って。

    どれだけ完璧に見えるアイドルやインフルエンサーであっても、所詮は他者ですし、演技もふんだんに含まれており、嘘まみれの虚像です。いつスキャンダルを起こすか分からないし、突然引退するかもしれないし、こちらの期待を裏切るような発言をするかもしれません。

    いわゆる「推しの炎上」や「解散」によって、自分の精神が病んでしまったり、生きがいを失って絶望したりする人たちを見るたびに、私は「本末転倒だな」と感じてしまう所があります。

    もっとも、以前私のブログで取り上げたように、推し活にもメリットはあるのは確かですが、、。

    参考:推し活のデメリットとメリットとは?推し活のデメリットを最小化する3つの方法!

    その一方、「自分」に関しては、「生きている限り一生関わり合う存在」なので、しっかりと味方につける努力をすれば、生涯心強い味方でいてくれるでしょう。何より、自分の本音は自分がよく知っています。

    極論ですけども、他の誰がいなくなっても、「この世界には、自分が存在していればそれだけでいい!」くらいのメンタルは欲しいよなあってどうしても思ってしまうんですよね。

    まあ、うまく言えないんですけど、最強のリスクヘッジみたいな感じでしょうか。もっとも、そんなリスク管理の意識がどうこういわずとも、そもそも「別に他人にそこまで深くは入れ込まんよ」て感じではありますが。

    そもそも、これはスポーツ観戦とかそのほかの事についても同じですが、私は「自分でやらない事に関してはどうでもいい」という感じなので、他人が何かをしている事自体に一切関心がないというのもあります。

    私は「自分がやるかやらないか」が問題なので、「~の演技がすごい!」とか「~のプレイがすごい」とかいわれても、「あー、そうなんだー。私がやっているわけじゃないしなー、他人がいくらすごいことしてようがどうでもいいや。他人事だしー」としか思えないという。

    そんな感じなので、わざわざ見ず知らずで個人的に特に仲良くもない他人の応援のためにリソースを割くのは、よくわかりません。

    親切にするとか応援したいと思うのは、どこまで行っても個人的に「この人は!」と思った特定個人でしかないですからね。

    2、自分を推すのは自分の人生を主人公として生きる上で必須の感覚だと思う

    やっぱり他人に使うその熱狂とリソースをすべて自分に集中させる、つまり「自分の最強の推しを自分にする」というスタンスが一番コスパも満足感も高いと思うんですよね。

    これは、以前私のブログの方で無駄に長くつらつらと述べまくった通りです。

    参考:自分を推すとは?健全な意味で自分を推す人に多く見られる3つの特徴!

    ただ、「自分が自分の味方をする」とか「自分を全肯定して推す」というと、世間からは「ナルシストだ」とか「自己愛が強すぎてキモい」などと思われるリスクはありますね。

    実際、友人知人に「推しは?」と聞かれた時に、「ああ、自分だよ?私は自分推し」なんてことをいうと、「は!?」とか「ナルシストじゃんかWW」と散々な反応をされることが少なくないです。

    だから、人の目を気にする人は、自分を推しても「推しは自分」なんて言わない方が無難ではあります。

    とはいえ、自分の人生をデザインし主人公として生き抜くためには、この「自分推し」の感覚は必須のスキルです。私のように自律性高めの人間にとっては、必須の考え方なんですよね。自由であるためには、心から他人への依存を無理のない範囲で最小化する必要があります。

    ちなみに、この「自分を推す(自分の最強の味方でいる)」という姿勢は、現代の心理学や脳科学において、人間の幸福度やパフォーマンスを高める上で重要であると考えられるので、決して単に私の独りよがりというわけでもなかったりするんですよね。

    心理学者のクリスティン・ネフらが提唱するセルフ・コンパッション(Self-Compassion:自己慈悲)という概念があります。

    これは、失敗したときや窮地に立たされたとき、他人の目を気にして自分を責めるのではなく、まるで「大切な親友や自分の大好きな推し」を励ますかのように、自分のありのままを温かく受け入れ、思いやるスキルのことであり、「自分が自分の最強の見方でいてあげる」という「自分推し」の考え方と合致しますよね。

    ちなみに、研究によると、このセルフ・コンパッションが高い人ほど、以下のような圧倒的なメリットがあることが分かっています。

    • メンタルの圧倒的な安定: 不安やうつ傾向が極めて低く、逆境からの回復力(レジリエンス)が高い。

    • モチベーションの向上: 自分を評価しないため、失敗を恐れずに新しい挑戦に打って出ることができる。

    • 高い自己効力感: 「自分ならできる」、「自分が自分の味方だから大丈夫」という主体的で強い自信が生まれる。

    まさにこれは、自分が自分の「筆頭オタク」であり、「最強のスポンサー」であり、「無条件の味方」である状態といえるでしょう。

    このマインドセットさえ手に入れば、他人の目線やルッキズム、社会の同調圧力なんて、一瞬でどうでもよくなると思いますよ。

    3、自分の人生の最大の見方は自分だけなんだから自分を全力で推してあげよう!

    生まれた瞬間から死ぬ瞬間まで、24時間365日、一秒も離れずにあなたと伴走し続ける存在は、歴史上のどんな偉人でも、どんな絶世の美女・美男子のアイドルでもありません。そう、あなた自身だけです。

    誰か他の「推し」を応援して、その人が幸せになるのを見届けるのも一つの人生かもしれません。それが人生の潤いになる人もいるでしょう。しかし、あなたの人生の主役は、やはりどこまで行ってもあなただと思うんですよね。

    他人の人生の観客席に高いチケット代を払って座り続けるのは、、、なんかあまりにも、、どうなのか?と思います。どうせ推すなら自分を推すのが一番満足度が高いと思うので、個人的におすすめです。

    そんじゃ、また!

    ぐれんの おにぎりの詳しいプロフはこちら

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    人生を主人公として生きよう!心理学と科学をベースに、「人生が生きやすくなる考え方」を発信中。 人間関係・ストレスを整え、自分らしい人生へ! フォローすると、人生を見る視点が少しずつ変わります。 趣味はギター(特に速弾き)と美容。 Abemaプライム出演依頼歴|コメント大歓迎!

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