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津波から人を救うため、稲むらに火をつけた。あなたの会社なら、その判断を認めますか?

    津波が迫っている。

    村人を逃がさなければならない。

    そこで、稲むらに火をつけた。

    江戸時代の実業家(ヤマサ醤油)、濱口梧陵(ハマグチ ゴリョウ)の有名な逸話。

    1854年の安政南海地震の際、稲むらを燃やし、その炎を目印に村人を高台へ導いたと伝えられている。

    先日、
    この話を改めて目にする機会があった。

    昔から知っている話なのに、
    少し違うことを考えていた。

    これ、今の会社だったら、
    誰が判断できるんだろう。

    「人命最優先」は当たり前。でも……

    多くの会社の危機管理方針には、「人命最優先」と書かれている。

    もちろん、正しい。

    しかし、
    実際にその判断を迫られたらどうか。

    例えば、工場で大きな地震が発生。

    設備を止めれば、多額の損失が出る。

    製造中の商品も廃棄しなければならない。

    それでも、社員の安全を守るために、
    直ちに操業を停止できるのか。

    「もう少し様子を見よう」

    「本社に確認してからにしよう」

    そんな言葉が出てこないか。

    現場の人に、責任を背負わせていないか。

    私が気になるのは、
    現場で判断する人の立場。

    社員を守るために設備を止めた。

    結果として、大きな損失が出た。

    後になって、
    「本当に止める必要があったのか」と
    責められたら?

    次に同じことが起きたとき、
    誰も決断できなくなるかもしれません。

    だから、我々経営者が
    平時から示しておく必要がある。

    人命を守るための合理的な判断なら、
    結果として損失が出ても、
    会社がその判断を支える。

    もちろん、
    何でも現場の独断で決めてよい
    という話ではない。

    どんな危険が迫ったら作業を止めるのか。

    誰が避難を判断できるのか。

    その基準と権限を、
    あらかじめ決めておくこと。

    本当に守りたいものは何か

    濱口梧陵の逸話は、170年以上たった今も語り継がれている。

    それは、
    稲むらを燃やしたという大胆さだけ
    ではない。

    目の前の財産より、人の命を優先した。

    その判断に、
    今も学ぶことがあるんだ。

    「人命最優先」と書くのは簡単。

    でも、
    その言葉どおりに判断できる会社になっているか。

    そして、その判断を経営者が守れるか。

    危機管理の本当の難しさは、
    そこにある。

     
     
    サラリーマンであり、経営者でもあります✨ 金融と危機管理のあいだをうろうろしながら、社会の「もしも」と「これから」を考えています。 常識の先にある未知・未確定・難解なものを楽しんでいます。日々の気づきや考えごとなどを、そこはかとなく書いていきます。

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