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Photo byエドガー・ドガ / メトロポリタン美術館

人に誇れる仕事か否か

    最近、とある事情から高校時代の古くの友たちと集まることがあった。

    比較的頻繁にやりとりしている友人もいれば、卒業して以来ご無沙汰の同級生もいた。

    それほど長くはないけれど話ができた時に、今なにやってんだという話題になっていった。


    僕は今の仕事を淡々と説明したけれど、昔からやりたかった仕事をしているので、羨ましがられたりした。

    そこで思ったことは、そういう場面で、きちんと自信を持って今の仕事内容を語れることは、とても大事だということだった。

    大抵の人は仕事に誇りを持っていて、きちんと自分が取り組んでいることを語れるのだろうけど、僕もその一員に加われていることは嬉しかった。

    他の人のことはよくわからないのだけど、好きなことやれている自分は幸せなんだろうなって思う。


    もちろん、大本命の人生ではなく、妥協に妥協を重ねた仕事なのだけど、その辺は贅沢はいえない。

    けれど、それなりに自分の仕事を誇れることは、何か今までの人生を肯定できる気がしたのである。


    今の仕事、ポジションは勝ち取ったものではなく、むしろたまたまたどり着いた結果論にすぎない。

    けれど目の前のこと不真面目にしたことはない。不器用なりに一生懸命取り組んできたのである。


    天運とそれなりの努力。そして一生懸命に物事を考えてきたこと。それらが噛み合って、今の自分が存在する。

    それは誇らしいと思うし、仮に少しでも周囲の人がそう思ってくれれば、それほどに嬉しいことはない。


    ただ、今みたいなやりがいを、この先10年感じていられるのだろうか。

    少しずつ、自分の仕事は若手に譲り渡している。人に仕事を渡すたびに、また別の仕事を見つけているのだけど、これもどこまで続けられるかわからない。

    その意味で、何事も踏ん張らなくてはならない時が、今まさに迎えているのだろう。

    何事も億劫になりがちな今だからこそ、現役感にこだわり、惚けないようにしたい、そんなふうにに思うのである。

     
     
    尊敬する藤子・F・不二雄先生の名作を、多様な切り口でレビューしてます 野望は世界初、F作品全てを記事化すること 気持ちは毎日投稿中 モットーは「一つの記事に一つの発見を」 本業はエンタメコンテンツを世に届ける仕事(28年目) X(twitter)FF23181933

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