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ネット社会とは・・・我々個人がネット社会を支配する巨人と直接対峙している

    ネット社会が我々を奴隷同然のシープルにする危険性について度々述べてきた。一つ気がついたことがあるので今日ここで述べることにする。

     インターネットは便利なもので我々の生活と不可分なものとなった。
     しかし、一方で我々の行動のほとんどが、「彼ら」にモニターされているという危険性も伴っている。
     いろいろ述べてきた。
     ラインで連絡を取ると、その通信履歴はすべてラインが保持しているのだ、と。恋人のこと、病気のこと、仕事の不始末など・・・これらのことは一つでも抜かれるとまずいでしょう。あなたはシープルにされる、と述べた。
     メールも同じ。別に閉鎖された空間ではない。
     メールの管理者からはあなたのメールはベロ見えである。

     友人と何かについて話し合った。たとえば「折りたたみスマホ」
     すると不思議なことに、検索サイトなどに、「折りたたみスマホ」のことがズラズラと出てくる、ということなどは、皆様方はすでに経験済みだろう。
     あなたのスマホのマイクが開いてあなたの会話が「彼ら」に聞かれたのである。
     あるいは、「彼ら」はあなたのカメラも「オン」にしてあなたの生活を覗くこともできる。

     このようなことを聞くと「もうだめだ」と諦めの気持ちを持つ人もいる。

     しかし、諦めてはいけない。手はあるのだ。何事にも対策はある。

     ネット社会では我々と「彼ら」が直接対峙している。向き合っているのだと述べた。
     故に誰かがあなたを守ってくれる、ということはない。
     とりあえず自分でやるしかない。

     非弱な私であるが、パソコンやタブレット、スマホのフロントカメラを紙で覆っている。これで奴らに覗かれることはない。
     あと、ライン。
     もう一台のスマホに別系統のラインがあり、そこの管理者は「萌子」。
     萌子と私がデートしたことにしてある。
     このような偽情報を流す。

     このようにすることだけであるが、これらこそが奴らが一番困ることなのである、と思ってきた。
     今、ラインで嘘情報を流そうという人はいないだろう。
     だから純粋で嘘のない情報を奴らは手に入れいている。それは価値のある情報だ。
     しかし、私みたいな考えの人が1割くらいでも出てきたらどうなる?
     奴らにしてみたらどれが本当で、どれが嘘かわからない。
     集めた情報に価値がなくなるということだ。
     意外と有力な手であろう。



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