
待ち合わせた彼女 - 待つ時間|掌編小説
イベントが終わっても、私はステージから届いた祐多くんのギターと歌声にうっとりしていた。絶対、私の目を見てくれたと思う。私のために歌ってくれたと思う。
祐多くんが立ったステージが、ドームやアリーナだったらさすがにそんなことは考えない。ここはあくまで、ステージとフロアの段差も一段くらいのこじんまりしたライヴハウスだ。演者が客の目を目にとらえるのは充分ありうる。
絶対、私の目を見て、瞳の奥でにこっとしてくれたよね?
終演後の物販でも、祐多くんは私が熱心にライヴの感想を伝えると喜んでくれた。いつまでも話していたかったけど、後ろに並んでいる人もいる。
仕方なく「また来るね」と切り上げると、祐多くんは笑顔で、私が購入したセトリのポスカを手渡してくれた。もちろんサイン入りだ。ほくほくしながらその場を離れると、「今夜も良かったねー」と後ろにいた女の人が親しげに祐多くんとハイタッチする。
……何あれ。祐多くんと手を合わせるなんて。
ちらちらふたりを見ていると、楽しそうに笑い合っている。祐多くんも、その人と話しているとリラックスしている様子だ。何だかもやもやする。
私は、祐多くんのライヴに来るのは三度目だ。三度目でも、祐多くんは私のことをしっかり憶えた。それくらい固定ファンも少ない、まだステージを立ち始めて駆け出しのアーティストだったはずだ。まさか、私より古参の人なんて──
終演後の物販タイムも終わって、関係者以外はみんなライヴハウスを退出することになった。もう一度ぐらい、祐多くんに話しかけたかったのに。ずっとあの女が話していた。もしかして関係者かなとも思ったけど、その女もアナウンスに従って引きはらっている。
ライヴハウスを出ると、私はそばにあるガードレールに腰かけた。このライヴハウスに裏口はない。祐多くんも帰るときにはここを通るはずだ。少しでもまた話せるように、待ってみよう。
時刻は二十二時をまわったくらいだろうか。ここは歓楽街の中だから、ネオンサインの光がきらきら降ってくる。夏の名残が色濃く、風はぬるくてねっとりと肌を舐める。暑いなあ、と汗ばむ軆を気にしていると、ライヴハウスがあるビルの扉のかたわらにさっきの女がいることに気づいた。
うわ、出待ちまでかぶるとか最低。
祐多くんを待つあいだ、私はときどきその女を見た。無意識にガンを飛ばしていたかもしれない。女が私に気づいているかどうかは分からない。
絶対、私が先に祐多くんに話しかけなきゃ。そう固く誓って、扉が開いて祐多くんが現れるのを私は待ち侘びた。
ふと、女がスマホを取り出していじりはじめた。バカめ。出待ち中にスマホで気を抜くなんて甘い。そしてまんまと、ライヴハウスにつながる扉が開いた。
「ごめん、待った?」
やった、祐多くんの声──って、え?
「別に。あ、今メッセ見た」
「どう?」
「いいよ、うちに泊めるくらい」
「サンキュ! 電車乗って自分の家まで帰るのだるくてさ」
女は祐多くんの言葉に笑った。そして、茫然と突っ立ってる私をちらりとして、祐多くんにこちらをしめす。
「あの子、祐多くんのファンじゃない? 物販にも並んでたし」
「えっ」
「たぶんだけど、待ってたのかも。少し話してあげたら?」
祐多くんは私を一瞥した。だけど、何とも言えない曖昧な笑みだけ見せると、私への言葉はないまま「行こ」と女に言って雑踏の中へと歩き出した。女は当たり前のようにその隣を歩き、祐多くんは彼女には楽しそうに笑いかけている。
祐多くんは、アイドルとか、そういうのではない。自分の経験からのラブソングだって弾き語るアーティストだ。だから、あれはアウトではない。彼女がいてもおかしくない。むしろ、売れないミュージシャンに彼女がいるなんて当たり前だ。
だとしても。頭では分かるとしても。
私は唇を噛んで、きびすを返すと、ふたりとは逆方向につかつかと歩き出した。たまにかかるホストのキャッチは「うっせえ!」と八つ当たりだけして無視する。
つまんない、ほんとにつまんない、待ってみてバカみたい。
待つ時間のあいだふくらんでいた、いっぱい伝えたかった言葉が、ぶちぶちとことごとくつぶれていく。
ほんと、何にも楽しくない。
もう二度と彼のライヴに行くもんか。ああもう、マジで、あの男の音楽のどこが良かったんだっけ?
FIN
お題をお借りしました。
ありがとうございます。