
【夫婦関係 人間関係】 最悪の一日を過ごした、言ってくれなきゃわからない夫
夫が帰ってきたのは、夜十時を少し過ぎたころだった。
玄関を開けると、妻はリビングでテレビを見ていた。
「ただいま」
「おかえり」
妻は画面を見たまま答えた。
夫はネクタイを外し、鞄を置いた。
今日は朝からひどい一日だった。
取引先から急なクレームが入った。部下のミスの対応に追われ、気づけば自分まで上司に怒られていた。
昼飯もほとんど食べていない。
帰りの電車では、ずっと目を閉じていた。
妻なら、顔を見れば少しくらい分かるだろうと思った。
しかし、何も言わない。
夫は冷蔵庫から水を出して、一気に飲んだ。
「今日さ、かなり大変だったんだよ」
妻がテレビから目を離した。
「そうなんだ」
それだけだった。
夫は少し腹が立った。
「いや、そうなんだ、じゃなくて。見れば分かるだろ。俺、相当疲れてるじゃん」
妻は少し考えてから言った。
「でも、言ってくれなきゃ分からないよ」
夫は黙った。
「私だって今日、仕事して、買い物して、ご飯作ってるし」
「いや、そういう話じゃなくて」
「でも、お互い疲れてるんだから、お互いさまでしょ」
その瞬間、夫はむっとした。
妻の言っていることは、間違っていない。
妻だって疲れている。
自分だけが大変なわけではない。
夫婦なら、どちらか一方だけが気遣われるべきでもない。
全部、その通りだった。
それでも夫は思った。
今、俺はそんな話をしているんじゃない。
今日、大変だったんだな。
疲れてるね。
大丈夫?
せめて、そのくらい言ってくれてもいいじゃないか。
夫はそう言おうとして、やめた。
どこかで聞いたことのある言葉だったからだ。
「それくらい、察してよ」
妻が以前、何度も言っていた。
そのたびに夫は答えていた。
「言ってくれなきゃ分からないよ」
「俺だって疲れてるよ」
「夫婦なんだから、お互いさまだろ」
全部、間違ってはいなかった。
夫はソファに座った。
妻が横から聞いた。
「どうしたの?」
夫は少し考えてから答えた。
「いや」
そして、少し間を置いた。
「やっと分かった気がする」
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