
アジフライ🐟️
今回は超定番ですが、あかりやの「アジフライ」開発について書き残しておきたいと思います。
■ 実は、まったく興味がなかった(笑)
今更こんなことを言うと怒られるかも知れませんが、おかげさまで安定して人気を得ることが出来た今でも、嘘はつけないので聞かれたら正直に答えています。
「なんでアジフライを作ろうと思ったんですか? 元々お好きだったんですか?」
そう聞かれた時、私はいつもゆっくり焦らず、しっかりと相手の目を見て、最初にお伝えしています。
「アジフライには、全く興味がありませんでした(笑)」
――話は約3年前に遡ります。
いつも仕入れをさせて頂いている勝本漁協で、定置網漁が始まりました。
始まったといっても、私たちが知らない頃に一度定置網が入っていた時期はあったらしく、諸事情でやめてしまっていたものを、新規で網入れを行い再開した形でした。
そして再開した年の、たしか春だったと思います。
マアジ(真鯵)が、とんでもない量で爆獲れしたのです。
正確な数量は分かりません。
ただ、とにかく現場を埋め尽くすほどの「あじ、アジ、鯵!!!」
果たして、あのアジは何トンあったのだろう……。
定置網の水揚げを初めて見た私は、あまりの光景に唖然として、もはや苦笑いすることしかできませんでした。
基本的にアジの旬は春と初夏。
その時、目の前に広がっていたアジも、まさに最高品質の「春アジ」でした。
1尾1尾を見てみると、丸々とはち切れんばかりに太っていて、綺麗で、本当に美味しそう。そして、もちろん鮮度は抜群です。
「お寿司にしても最高だろうな。薬味をたっぷりのせてタタキにしても……いや、この甘みを活かしてお刺身もいいな。うーん、これだけ脂がのっていれば干物にしても絶対美味い。あぁ、美味そう……」
作りたい血が騒ぎ、頭の中で次々と美味しそうな料理が浮かびます。
ただ……あまりにも、量が多すぎたのです(苦笑)。
漁協の基本的な販売スタンスは、買参権を持つ仲買(なかがい)へセリ売りを行い、仲買を通して地元のお店や全国の都市部へ出荷されていく、というものです。
何十年も続くこの伝統的な流通の中で、ブリ、マダイ、マグロ、イカ類など、壱岐勝本港は確固たる水揚げ実績があり、各仲買としても主力商品として何十年も続くお取引先(販路)を持っています。
しかし、いつぶりかも分からないほど久しぶりに再開した定置網。
そこに、大量という言葉すら追いつかない、文字通り「山」のようなアジたちが突如水揚げされたのです。
定置網が始まって約3年ほど経った今(2026年現在)でこそ、各社が販路を開拓し、製造オペレーションも確立されてきましたが、あの瞬間はもう、流通の現場としては「事故」に近い状態だったのです。
目の前には、島が誇るべき最高のポテンシャルを持った春アジが山積みにされている。
それなのにこのアジを製造する技術が自分には無い。
その「アジの山」を見つめながら、私はこれまでアジの製品を持っていなかった自分自身の力不足に、猛烈な悔しさを覚えていました。
■受注
しばらくしたある日、加工場のほとんど隣に新しくカフェ(喫茶店)が出来る話を聞きました。
オーナー家族は、昔私が小学生の頃、空手を習っていた師範とその奥様、息子様夫妻
建物は空手道場だった所で、その昔は壱岐焼酎の造り酒屋として稼働していた建物。
その昔は、鯨組の屋敷として建てられた建物だと聞いています。
江戸時代から、時代と共に海の側でこの町を見守った古民家を改装し、カフェに生まれ変わらせる、といった素敵な話でした。
「近くにカフェができたら、仕事の合間にコーヒー飲んで休憩できるし、急な来客のときには打ち合わせにも使えるなぁ……ムフフ」
そんな下心を抱きながら建設を楽しみに待っていたところ、だんだんと素敵な外観が整ってきました。そんなある日、偶然外で息子さんとお会いしたのです。
「お久しぶりです!」の会話から始まり、「オープンおめでとうございます!」と挨拶を交わしたところで、「ところで……」と息子さんから話を振られました。
「あかりやさんって……アジフライとか作れない?」
「!!!!!!!!!!!!!!ッ」
その瞬間、私の脳裏にあの時の勝本漁協の『アジの山』と、あのとき抱いた激しい悔しさが一瞬でフラッシュバックしました。
気がついたら、私は即答していました。
「めちゃくちゃ作れます! うちのアジフライ、抜群に旨いっすよ!!」
(※繰り返しますが、当時はまだアジの製品なんて1つも持っていませんでした。笑)
ただ、これには一応、自分なりの「根拠」……いや、「根拠のない自信」がありました。
というのも、当時すでに、ご近所の地ビール醸造所にタップルームを構える『ISLAND BREWERY』様や、イルカと触れ合えるテーマパークを運営する『IKIparkmanagement』様向けに、白身魚などの「フィッシュフライ」を製造させていただいており、これが大変ご好評をいただいていたのです。
実績はある。ノウハウもある。
だからこそ、私は心の中でこう高を括っていました。
「アジフライ? 形が違うだけで、フィッシュフライと大して変わらんやろ! 余裕、余裕!」
……お察しの通り、このあまりにも軽率な判断が、のちに私を「とんでもない沼」へと引きずり込むことになるのです。
■ 純平さんの熱い想いと、私の「軽いノリ」
ここで少し、補足として息子さん(純平さん)がなぜそこまでアジフライにこだわっていたのか、その経緯について触れさせてください。
当時、純平さんは島内の酒造メーカーの営業マンとして、主に島外の都市部を中心にバリバリとご活躍されていました。その営業活動の合間、都会でしばしば見かける「アジフライ専門店」の大盛況ぶりが、ずっと頭から離れなかったそうです。
地元・壱岐勝本を想う気持ちが人一倍強い純平さんは、こう考えました。
「一部では『アジの聖地』とも呼ばれるこの壱岐島で、獲れたて新鮮なアジフライが食べられるお店があれば、絶対にみんなに喜んでもらえるはずだ。いや、むしろ、そんなお店がこの島に無いほうが絶対におかしい!」
そんな確固たる、大好きな島への熱い想いを形にするために、あの歴史ある古民家でのカフェ開業という大きな一歩を踏み出されたのでした。
……話を戻しましょう。
そんな純平さんの、人生をかけた立派な大義名分など、いざ知らず(笑)。
当時の私は、まだこんなお気楽なノリで考えていたのです。
「おっ! 近くにできるカフェがアジを使うなら……あの勝本漁協で溢れかえっていた『アジの山』を活用できる大チャンスじゃん!!」
しかし、詳しくお話を伺っていくうちに、事の重大さに気づき始めます。
アジフライは、小腹を満たすための単なるサイドメニューなどではありませんでした。純平さんの想いの通り、それはカフェの「メインメニュー」であり、というか、むしろ【アジフライを出すために構想された事業】そのものだったのです。
まさか勝本の浜がアジの大漁で(もはや事故レベル)になっているとは知らない純平さんと、あの山のようなアジをなんとか製品として活かしたいと悔しがっていた私の気持ちが、この瞬間に美しくクロスしたのです。
((……え、待って。ってことは店の命運、うちのアジフライにかかってない!?))
そして、納期を尋ねると…。
純平さんの名誉の為に書けませんが笑
恐ろしく短い開発期間での納期でした笑
■ 鮮度バチバチ! 期待の試作一発目
早速、試作に取り掛かりました。
勝本漁協で「鮮度バチバチ」のアジを仕入れ、丹念に下処理をして加工。期待とワクワクに胸を膨らませながら、いざ油の中へ投入します。
(脳内BGM)
〜♪「コレ絶対旨いやつぅ〜〜♬」
しかし、試作一発目を揚げているうちに、まず「見た目の変化」に気付きました。
「……縮んでる!! しかもうねるように、めちゃくちゃ縮んでる!!」
今思えば当たり前なのですが、新鮮過ぎるアジをいきなり高温で加熱したことで、急激な筋収縮が起こり、見る見る間に身が縮み上がってしまったのです。
「でもでも! これはこれで『鮮度が良すぎるからこそ』の証! 都会では絶対に食べられない、獲れたてのアジフライとしてアリなんじゃないか!?」
なんとか無理やりプラスに考えた上で、いよいよ記念すべき一口目を頂くことに。
味付けはシンプルに「壱岐の塩」のみ。素材の味を最大限に引き出すスタイル。うーん、我ながら意識高いっすね(笑)。
揚げたてのアジフライに塩をパラリと振りかけ、いざ実食。
サクッ。
……。
……。
「……まっずぅ!!!!!!!」
■ 理想と現実のギャップ
急激な筋収縮でギュッと縮んでしまった身からは、水分と同時に大切な「旨み」まで外へ流れ出てしまっていました。
身は硬くパサっと締まり、私が思い描いていた「サクサクッ! 中からジュースィー♡とろけるぅ〜」な理想のアジフライとは程遠いシロモノだったのです。
(※ここで、アジの名誉の為に少しだけ補足させてください。笑
少し大袈裟に「まっずぅ!」と書きましたが、決して食べられないほど不味いわけではありません! あくまで「お店の命運を握る看板メニュー」としてお客様にご提供するには、プロの基準としてイメージとあまりにもかけ離れていた、という意味です。ですので、皆様がご自宅で作られる際には、ぜひ獲れたて新鮮なアジで美味しいアジフライをご堪能くださいね♡)
■ 過去の経験が繋がった瞬間
それからは試行錯誤の連続でしたが、ここで大きな武器となったのが、長年の飲食店での経験でした。
「新鮮過ぎるなら、適切に寝かせる(熟成させる)必要がある」
(少しだけマニアックな話をすると、魚のエネルギー源であるATP値は下がってしまうものの、鮮度劣化の指標であるK値の上昇をギリギリで抑えつつ、旨み成分であるIMPを最大限に引き出していく作業をしながら……ブツブツ……)
――という、一部のマニアしか喜ばないような解説は、ここでは省略させて頂きます(笑)。
とにかく、飲食店の現場で必死に身体に叩き込んだ鮮度管理、特にお寿司屋さんなどで必須とされる「魚を寝かせる」という技術が、ここに来てバッチリとハマったのです。
ただ、ここだけは多少マニアックでも皆様にお伝えしたい部分があります。
それは「水分のコントロール」です。
魚の細胞内には、細胞間で浮いた状態の「自由水分」と、筋繊維の中でしっかりと保持されている「保持水分」「結束水分」というものが存在します。
※よく古くなった切り身などから出ているドリップの正体が自由水分ですね!臭いやつ!
アジフライをイメージ通りの「ジュースィー♡」な状態に仕上げるには、この水分のコントロールがとにかく命なのです。ただ単純に脱水して臭みを抜けばいいわけでもなく、逆に水分を保てばいいというわけでもありません。
細胞内の水分をいかに操るか。
それが、最高のアジフライを生み出すための絶対条件でした。
こうして、水分コントロールを完全に極め、ついに究極の「あかりやのアジフライ」が誕生しました♡
めでたしめでたし🐟✨
……で、終わらないのが水産業の恐ろしいところです(笑)。
■ まさかまさかの「アレがない」
え?……アジがない。
あんなに山ほど獲れていたアジの水揚げが、ピタッと止まってしまったのです。
定置網が再開したばかりでウキウキだった当時の私は、漁のサイクルなどを全く知らず。「ここは最高の漁場だ! きっとこのまま1年中アジが入り続けるに違いない!」と本気で信じ込んでいました。(今思えばただのアホです。苦笑)
しかし現実は無情。アジが全く獲れない日が続く中、刻一刻とカフェのオープン日が迫ってきます。
サイドメニューならまだしも、店の命運を握る「メインメニュー」。今更「ごめん、アジないわ」なんて口が裂けても言えません。
追い詰められた私は、純平さんに言い訳がましく提案しました。
「おなじ長崎県だし……ほら、対馬のアジなら……」
すると純平さん。
「もう壱岐のアジがないなら、出さん!!!」
「てやんでぃ!」と言わんばかりの士魂商才っぷり。妥協ゼロ。
渋沢栄一もあの世から満面の笑み!!
とはいえ、新規オープンの目玉メニューがいきなり「品切れ」はあり得ません。私は必死に島中を探し回り、なんとか別の港で水揚げされたアジを見つけ出し、買い付けをお願いしました。
なんとか無事に数は揃ったものの、その仕入れ値は……なんと想定原価の約【15倍〜20倍】
えぇ、もちろん大幅に予算オーバーさせてもらいました、すいませんでした。
これも水産業界の「あるある」なので、もう笑うしかありません!
こだわればこだわる程、色々と真っ赤に染まります。
■安定製造へ
怒涛のオープンを乗り切り、なんとか安定製造の体制へ持ち込むことができました。
ここで大いに役に立ったのが、相棒とも言えるこの機械です。

する性能を搭載した
特殊凍結機『アートロックフリーザー』
食品内の水分配列を整え均一化、最小化することで細胞のダメージを緩和させ、解凍後も生と変わらない品質を担保する。
前回の「冷凍刺身」の記事でも紹介しましたが、2つの特殊凍結機械のうちの1つ。
生食レベルの品質を凍結で維持できる、まさに魔法のような最新鋭の機械です。
アジという魚は、水揚げ量だけでなく、産卵前後の時期や群れによって個体差が激しい。
季節ごとに変わるその繊細なコンディションに合わせる作業は、想定以上に厳しく、知れば知るほど底なしの「沼」でした……。
しかし、答えはシンプルです。
「アジの状態が最高に良いとき」を逃さず仕入れ、喫茶との様のゲスト様の為だけにサイズを選別、すぐに加工し、この特殊冷凍機で鮮度を封じ込める。
大漁に沸いたあの日のアジがきっかけではあったものの、資源の目減りは肌で感じていました。だからこそ、約6年前に先行投資しておいたこの機械が、今、最高の形で効果を発揮してくれたのです。
設備導入の際、メーカーから言われた
「時を止める機械ですから」
まさにその通りでした。
冷凍しても水分活性は失われず、保水性はそのままに。
フライ加工は時間が経つとパン粉のサクサク感が失われる、というのが当たり前なのですが、特殊凍結機で瞬間凍結を行うことにより、製造したてのパン粉の香りとサクサク感を守ります。

実際にカフェに来店されたゲスト様からも
.「あんなに美味しいアジフライは食べたことがない」
.「記憶に残るアジフライでした」
.「友人からこのアジフライを聞いて、食べる為に大阪から壱岐に遊びに来ました」
との様のママや友人伝いに評価をお伺いすることがあり、お喜び頂いているようで本当に嬉しく思います。
そして本当に興味が無かったアジフライですが、魚屋の仕事は「アジにはじまりアジに終わる」と思ってしまうくらい、アジの力を発揮させることは難しく、水産業の連携力だったり、仕立て、加工だったり、フライに限らず、アジの仕事は「基本のキ」で終わりがない仕事なのかなと再度認識し、今では気を引き締めて製造しています。
1年目は700枚程度の製造だったものの、
3年目に入る今年は、県外のお店や島内スーパーへの納品もあり、5000枚〜6000枚の製造枚数を見込んでおり、いつかあの「アジ山」を全て「アジフライに変えてやろう!!」と思っています。
(無理です.... 白目)
純平さんをはじめ、マスターとママ。
スタッフの皆様に感謝。