【私は】ラブライブのアップグレードチケットの意義【賛成派】
ラブライブのライブで昨今、アップグレードチケットが導入され、賛否があるようですが、私は基本、賛成派です。
■一律料金が不平等
賛成する一番の理由は、そもそも最前列と最後列も含めて一律料金なのが非常に不平等で、不健全だと思うから、です。
なぜ一番前の、出演者のすぐ近くの席と、一番後ろのほぼ何も見えないような席が同じ料金なのでしょうか?
おそらく元を辿ればライブ=オールスタンディングから来てる文化(つまり席で分けられない)なのかなと思われるのと、いまだにそれを維持していることに様々な理由もあるだろうなと推測できますが、他の界隈から来た私からすると、あまりにも不平等です。
私がこちらの界隈に来た時、ライブの一律料金に心底、驚きました。
みなさんもそれが当たり前と思っているのか、不満の声があまり上がってないように見えるのも魔訶不思議です
私としては、ライブ以外のほぼすべてのイベントで導入されているような、S席、A席、B席などの席種が有り、ステージに近い席は高く、遠い席は安い、自分で席種を選べる状態が健全だと思っています。
値段が高い席を設けることで、安い側のチケットの金額を下げられる効果も発生しますので、「近くで見たい」と言う需要と、「安く参加したい」と言う両方の需要を満たすことができます。
この、席種や金額を「自分で選べる」というのが重要なポイントであり、アップグレードチケットはそれに一歩近づいた、と思っていますので、これが私が賛成する大きな理由です。
■アップグレードの需要
また、重要なのは、アップグレードチケットに大きな需要がある、と言う点です。
格闘技界隈から来た私ですが、格闘技のチケットは、高い席から売り切れて行きます。もちろん高い席の方が数が少ない、と言うのもありますが、とにかく「お金を出して近くで見たい」、という一定の需要があるんです。

◎お金と時間の価値の違い
なぜ、高い席でも売れるのか、それはお金と時間の価値が人によって異なるから、です。
ラブライブのライブに行く方は若い方が多く、比較的、時間が取れて、かつ、地方まで行ったり全通したりもするため、1回のライブを安く見られることは重要な要素なのだと思います。
しかし、年齢を重ねてきたり、お金を大きく稼いでるような人は、お金に余裕が有る反面、時間が取れなくなり、かつ、体力・気力的にも地方行ったり全通したりも難しくなります。
そうなると、1回のライブやイベントを存分に楽しむことが重要になってきて、「せっかく時間取って行くんだからお金かけて近くで見たい」と言う考えに遷移していきます。
だから「安く見たい」と言う需要がある一方で、「お金をかけて近くで見たい」と言う需要も一定数、あるんです。
あと「お金持ち」からすると、1万円も5万円もたいして違わない、と言うのもあるでしょう
◎全通する人と1回しか行かない人の差
そしてもう1点、重要なのは、「全通する人」と「1回しか行かない人」の差です。
例えばツアーでライブが3都市2公演ずつ、計6回、開催されるとします。
全通する人は、「席ガチャ」は6回チャンスがあります。
しかし、1回しか行かない人は、席ガチャ、1回しかチャンスがありません。
6回チャンスがある人は、6回のうち1回や2回でも、近い席が当たれば、ツアー全体としての満足度は高くなると思われます。仮に近い席に当たらなかったとしても、ランダム故に席はバラけて平均に収束するはずです。
しかし、1回しかチャンスが無い人が、もし最後列になってしまった場合、どうでしょう?そのライブ(ツアー)の満足度は著しく低いものになりませんか?
だから、その1回を、アップグレード使って、良い席確定で見たい、ってなりませんか?
私がそのシチュエーションだったら、絶対にその選択をします。
■余談:SNSの声
XなどSNSを見ていると、熱意のあるファンの多くがアップグレードチケットに反対しているように見えます。
熱意のあるファンは、全通します。
全通するから、極力、出費を抑える必要があります。
全通するから、席ガチャが平均に収束します。
熱意のあるファンは、SNSで積極的に発信します。
つまるところ、熱意あるファンが、アップグレードチケットに反対するのは、とても自然で理にかなっており、そしてその意見が多く見えるのも当然の帰結、になるかなと思います。
■まとめ
以上、一律料金の不平等の改善と、一定の需要を満たす制度であること、この2点が、私がアップグレードチケットに賛成する理由と、アップグレードチケットの意義だと思っています。
私はここに書いた意見や考え方が「絶対」だとは全く思っておらず、あくまで、賛成派の私の意見・考え方として書いているにすぎません。
否定派の考えを否定する気も無く、これ以外の考え方もたくさんあると思いますし、そしてそれらは一部・全部が矛盾するわけで、運営がすべての人の考えを採用したり、汲むのも当然、無理だと思っています。