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(第1回)なぜ日本の住宅メーカーは、韓国で定着できなかったのか― 建築として成立していた、その先で起きたこと

    導入

    私が韓国で住宅設計の仕事に携わり始めたのは、2012年のことだった。
    日本の住宅業界が海外市場へ活路を求め始めた時期であり、韓国もまた、その有力な候補地の一つと見なされていた。

    最初に身を置いたのは、日本の地方に本社を持つ住宅系の企業で、すでに韓国市場への進出を経験していた会社である。

    社名はあえて伏せるが、私はその内部で、日本の住宅メーカーが韓国で事業を行うということの「現実」に向き合う立場にあった。

    当時、私が関わったのは、いわゆる量産住宅ではなく、富裕層向けの戸建て住宅である。設計者として見れば、決して粗雑な仕事ではなかったし、むしろ建築としての完成度を求められる案件が多かった。

    それにもかかわらず、事業としては長く続かなかった。
    私自身が退職した後、その会社も最終的には韓国市場から撤退している。

    ここで強調しておきたいのは、
    この話が「個別企業の失敗談」ではない、という点である。

    日本の住宅メーカーは、技術力が不足していたわけでも、努力を怠ったわけでもない。それでも結果として、多くが韓国市場に定着できなかった。

    そこには、設計や施工の巧拙とは別の次元で、そもそも成立しにくい前提条件が存在していた。

    本稿では、その前提条件とは何だったのかを整理するための入口として、
    まず「なぜ日本の住宅メーカーは韓国を目指したのか」、
    そして「現場では何が起きていたのか」を、できるだけ冷静に振り返っていく。


    1. 日本の住宅メーカーは、なぜ韓国に向かったのか


    2000年代後半、日本の住宅業界には明確な空気の変化があった。
    少子高齢化による人口減少、住宅着工数の長期的な低下、郊外型ニュータウンの一巡。

    「国内市場だけでは成長を描きにくい」という認識は、業界内で広く共有されていた。

    こうした状況の中で、海外市場への関心が高まるのは自然な流れだった。
    地理的にも近く、文化的な距離も比較的近いアジア市場は、最初の検討対象となった。

    なかでも韓国は、高学歴層が厚く、都市化と所得向上が同時に進んでおり、
    「これから住宅の質が問われる市場」として注目されていた。

    日本の住宅メーカーが強みとしてきたのは、
    耐震性能、工業化、品質管理、長期保証といった分野である。

    成熟市場で評価されてきたこれらの要素は、
    同じく成熟へ向かうと見られていた韓国市場でも通用する――

    当時は、そのように考えられていた。

    言い換えれば、
    日本の住宅メーカーは、韓国市場を自分たちの延長線上に置いていた。
    この前提が、後に見過ごせないズレを生むことになる。

    もう一つ見逃せないのは、当時の日本企業全体に共有されていた「成功の前例」である。自動車、家電、電子部品といった分野では、日本企業がすでに韓国市場で一定の存在感を築いていた。

    製造業を中心に、「品質で勝てる」「日本式のやり方は評価される」という感覚が、業界横断的に存在していたと言ってよい。

    住宅業界も、無意識のうちにその延長線上で語られていた。
    住宅は製造業とは異なり、土地、法制度、施工体制、生活文化と強く結びついているにもかかわらず、

    「良いものを持ち込めば評価される」という発想が先行していた側面は否めない。

    この時点で、日本の住宅メーカーは、
    海外進出に伴うリスクを十分に認識していなかったというよりも、

    住宅という産業の特殊性を、過小評価していたと表現する方が正確だろう。

    ※全6回まとめて読む
    →@koyote77 https://note.com/shin0108/m/mbf1690cab10a


    2. 韓国側から見た「日本住宅」への期待と誤解

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    Shinji

     
     
    建築家・文筆家|韓国在住 日韓の住まいと建築文化を、設計実務の視点から考察。韓国の温かさと日本のミニマリズム、その間にある暮らし、時間の記憶、建築の余白を綴ります。「時間建築論」連載中。

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