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死を意識して生まれ変わる

    「来年になったら気持ちを入れ替えて取り組みます」「明日から一気に始めます」

    時節の節目を境に、意欲を見せてくれる人がいます。

    こういった心構えの人は、自分自身を切り替えることが上手な人です。

    心を入れ替えて、新たな自分に生まれ変わろうとします。

    生まれ変わることと死を迎えることは、表裏一体です。
    この世で死を迎えると同時に、あの世に生まれるという話もあります。

    ここでは死を意識することが、「心を入れ替えて上手に生まれ変わることができる」ということに与える影響について考えます。

    死を意識する

    人は死に直面するとき、これまでの自分の人生に登場してくれた人たちへの感謝の気持ちが溢れるそうです。

    両親に対して、パートナーに対して、子供に対して「これまで一緒にいてくれてありがとう」「みんなのおかげでここまで人生を生きることができたよ、本当にありがとう」という感謝の気持ちです。

    命が有限であると思うと、残された時間があまりないことに気付き、「残された時間を充実させたい」と、意欲が高まり行動するエネルギーになります。

    実際に行動が伴うと色々なことが実現していきます。

    一方で、命が無限であると思うと、言い換えると、何度も生まれ変わり生き返ることができると思うと、英語を習うことやピアノを弾くことなど、新しいことをいつ始めても遅すぎるということはありません。

    それは無限の時間の豊かさの中で生きることを意味します。

    記憶がなくなるとはいえ、輪廻転生が真実だと信じることは、大切な人を失う巨大な喪失感や無力感を減らします。
    今を意欲的に生きて行く上で、それはとても都合の良いことであり、死への恐怖をも遠ざけてくれます。

    万人に訪れる死が怖いものでないのであれば、死に向かって生きる人生を楽しむことができます。

    命という時間が有限だと思うと成功に向かい、無限だと思うと幸せに向かうのです。

    死を意識するというのは、人生の残りの時間が有限だと意識することであり、残りの人生が悔いのないようにしようと考えるようになります。

    死ぬときに後悔することの中に、「本当にやりたいことをやらなかったこと」「挑戦しなかったこと」「言いたいことを伝えられなかったこと」があるそうです。

    死を意識することは、「自分が本当にやりたいことをやる」「新しいことに挑戦する」「大切な人に今まで言えなかったことを伝える」ことを促してくれます。

    一日一生

    死ぬと眠ったように目を閉じて、そのまま起きなくなります。

    眠るという行為は、死を疑似体験する行為でもあり、意識がなくなればそのまま死んでしまうのと同じです。

    一日一生という言葉がありますが、一日がまるで一生のように、「これで人生が終わるのだ」と思うと、眠りにつく際に、やり残したことへの後悔の気持ちを深く味わうことができます。

    次の日は、新たな目覚めとともに生まれ変わって、新しい人生を迎えることになります。

    そして、やり残したことを実現しようという意識が芽生えます。

    それは、本当はやりたいのに我慢していることだったり、会いたい人に会えていないことだったり、本当は伝えたいのに伝えられていないこと、感謝の気持ちや愛のある言葉で接していないことなど様々です。

    一日一日を新たな自分として生きると思うと、やらなかったこと、できなかったことに対して行動を起こすきっかけになります。

    一年一生

    一年の終わりも生まれ変わることができる良い機会です。

    大晦日の3日くらい前に、「自分の命があと3日で終わるとしたら、何をするか?」と自分に問いかけて生活してみましょう。

    両親、パートナー、子供、友人、職場の仲間…

    周りの人達への感謝の想いが溢れて、感謝の気持ちを言葉にして伝えたくなります。

    私たちは、今目の前にいる人がいつまでも変わらずいるような錯覚をして、毎日を暮らしています。

    しかし、ある日突然大切な人がいなくなってしまうとき、会えなくなってから「もっとこうしておけば良かった」と悔やむことがあります。

    本当はとても感謝しているのに、まったくそれを伝えられなかった、優しくできなかった…

    「出会えたことの喜びと奇跡」「いつも一緒にいてくれたことの有り難さ」「あなたの子、あなたのパートナー、あなたの親になれたことへの喜びと感謝」を伝えていなかったことに気付きます。

    それと同時に、他のやり残したことへの後悔が生まれ、そのことを深く味わうことになります。

    新年の初日の出を願いを込めて拝む人は多くても、大晦日の夕日に感謝を込めて拝む人は少ないです。

    「今年の自分はもう終わるのか」と思うと、お天道様への感謝の気持ちが湧いて来ます。

    年が開けて新年の抱負を決めるのであれば、人生を後悔しないように生きるために、やり残したことに取り組む目標を持つことが、それからの人生において大切なことなのではないかと思います。

    新たな環境

    高校の入学、大学の入学、新社会人としての就職、転職、結婚などの新たな環境になるときは、心を入れ替えて生まれ変わるチャンスです。

    入学式や入社式、初出勤日の前日の夜に、今までの自分は死んで、新たな自分として生きることを意識します。

    中学生の自分、高校生の自分、大学生の自分、〇〇社に所属していた自分、独身時代の自分は、もう存在しません。

    過去の自分と決別し、新たな自分として生きることで、まとわりついた鎖や引きずって来た重荷を脱ぎ捨て、ゼロからスタートして未来を創造することができます。

    生まれたばかりの赤ちゃんは、過去の記憶がないために無限の可能性を秘めています。

    死を意識して生まれ変わることは、「無限の可能性を秘めた人生を創れる感覚になれること」「やり残すことがないよう悔いのない人生を実現しようとすること」という点で、大変意味のあることです。

    誰かの死

    誰もがお世話になった人、かけがえのない大切な人の死を経験します。

    いざその時になって、「もっと優しく接していればよかった」「もっと会いに行けばよかった」という後悔や、「もう一度過去に戻れるならやり直したい」という想いを抱きます。

    しかし、時間を巻き戻すことはできず、大切な人はもうそこにはいません。

    自分の人生で大切な人を失う機会はそう多くはありませんが、大切な人を失う疑似体験をすることがあります。

    それは、お世話になっている友人や職場の仲間の葬儀に参加するときです。

    葬儀に参加するときは、喪服を着用し、香典をお供えし、お焼香をして、故人にお別れとお別れと感謝を伝え、親族を労います。

    故人のこれまでの人生を振り返り、喪主や親族の想いを肌で感じ、死というものを自分事のように感じることができます。

    誰かの死を感じることで、自分の死、自分の大切な人の死と結び付けて、悔いのない人生を送る意志を持つことができます。

    私の従事している介護の現場では、多くの利用者様の死に遭遇します。

    特に医療従事者は、死を受け入れた方への最期の医療サービスを行うターミナルケア、お亡くなりになった後の死後のお着替えを整えるエンジェルケアなど、より死と向き合う時間を共有することがあります。

    最期を共にする時間は、ご利用者様とご家族様に深く関わる時間であり、濃密な時間になります。

    サービス提供期間を通して、最も大きな感謝の想いとお言葉をいただくのが最期のサービス提供時でもあります。

    お亡くなりになる利用者には、お一人暮らしの方もいれば、夫婦で老老介護をしながら支え合って生きて来られた方、複雑な家族関係の中で色々な想いを抱えて亡くなられた方、自宅で最期を迎えたいと思っていながら願いが叶わなかった方など様々です。
    利用者の人生の数だけ、家族の数だけ、そこには人生の最期を迎える本人と家族の物語があります。

    利用者の想い、ご家族の想いに触れるとき、自らの人生に置き換えて悔いのない人生を送り、悔いのない家族関係を築こうという想いが生まれます。

    このように、私たちの人生においては、死を意識して生まれ変わる決意ができる機会はいくつもあります。

    自分自身を変え、人生をより豊かにし、仕事に深い喜びと楽しみを感じるようになる上で、死を意識することは1つの方法です。

     
     
    介護福祉、外国人材紹介、研修事業を営む株式会社ライフライン代表の申大樹です。 介護福祉を通じて「人生の晩年を迎える高齢者の方が感謝され、喜びと幸せに包まれて生活できる世界をつくる」ことを目指しています。 働く人の心を軽くし、悩みを解消し、楽しく働くための考え方を発信しています。

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