
ちばてつやの訃報と『あしたのジョー』
ここ数日でnoteのフォロワー数がひと息に5人ほど増えたと思ったら、今日になってひと息に5人ほど減った。よくわからない。
言えるのは、もし自分の書いたことが気に入らなくて離れたのであれば、それはもうどうしようもなく、いずれどこかで離脱する人たちなのだろうな。
ちばてつやの訃報が飛び込んできた。
先日の村上龍に続き、少なからず愛読していた人間としてはやはり驚く。
でも僕は、どちらかというと弟のちばあきおの愛読者だった。そもそも野球漫画が好きだったからだ。
ちばあきおは若くして亡くなってしまったが、兄のちばてつやは87歳まで生きた。日本の漫画史に金字塔を打ち立てたと言って過言ではない人で、代表作はいくつもあるが、やはり人気の度合いからすると『あしたのジョー』になるだろう。
1960年代の終わりに連載が始まったこの漫画は、今読んでもちゃんと面白い。ちゃんと、などという言い方は失礼にあたるだろう。ただ、これくらい昔になるとそもそも漫画の文法や表現があまりに違うので、正直言って読んでいられないものもあるのだ。そんな中で、『あしたのジョー』は実に読ませる。
確かに絵は古い。古くなければおかしい、50〜60年前の作品なのだから。しかし、拳闘(作中ではボクシングのことをこのように呼ぶキャラクターが多数出てくる)に賭ける人間たちのドラマツルギーは今読んでもちゃんと熱く、あの伝説的な力石戦からのドサ回り、「ベネズエラの戦慄」ことカーロス・リベラとの連戦、コンピュータのようと評される金龍飛との一戦、白木葉子の企みによるハリマオとの乱戦に、最後の試合として静謐さすら漂うホセ・メンドーサ戦まで、流れるように一気に読ませる。
というか、実は先日もまた読んでいたのだ。2026年にしてまだ読み直そうと思わせる60年前の作品。それが『あしたのジョー』だった。
『あしたのジョー』という作品は時代とともにあったため、伝説が異常に多い。
当時の少年マガジンの表紙のデザインを担当した横尾忠則が「ジョー」のノックアウトシーンをそのまま掲載したり、漫画内で死亡した力石徹の葬儀が寺山修司の呼びかけで実際に行われたり、1970年に起こった「よど号ハイジャック事件」では犯人たちが「我々はあしたのジョーである」と名乗ったり、物語の改変を嫌うことで有名な原作者の梶原一騎(クレジットは高森朝雄)に作画のちばてつやが掛け合ってラストの展開を大きく変更したり、数限りない。
そして、あの「まっしろな灰」のラストシーンはその後長く語り継がれる日本漫画史の象徴的な名シーンとなった。

もちろん『あしたのジョー』は原作者の梶原とちばの共作ではあるのだが、何かの本で読んだところによると、後年、梶原は悔しそうに「『ジョー』はちばてつやの才能だよ」と語ったそうである。
未見の人はぜひこの「BSマンガ夜話」の夏目房之介の分析コーナー「夏目の目」を見てほしい。とても面白いし、何より熱と愛のある分析だと思う。
僕は「BSマンガ夜話」についてはほぼ全話見ているはずだし、昔出ていたMOOKまで揃えていた。その僕から見て、この「夏目の目」はすべての回の中でのベストだ。
『あしたのジョー』の話ばかりになってしまったが、ちばてつやの作品で僕が他に読んでいるのは『おれは鉄兵』『のたり松太郎』『あした天気になあれ』『少年よラケットを抱け』くらいで、しかも『あした天気になあれ』以外は最後まで読めていない。語るほど履修できていないわけだ。
それでも、ちばてつやの漫画を読んで思うのは、絵柄の可愛らしさと、描き込みの泥臭さ、そして何より細部の描写の丹念さである。実に丁寧に、人の動きをすべてしっかりと描き込んでいく。モブシーンと呼ばれる大勢が一つのコマに収まるような場面や、食堂に集まった人々の食事のシーンの一つ一つに、何もそこまでエネルギーを費やさなくても…とつい思ってしまう。これは時代ということもあろうし、何よりこの丹念な描写によって物語の登場人物に生命を吹き込むことに成功しているのだと思う。
今話したいのはこんなところだ。

それから『ジョー』についてもう一つ。
風来坊のチンピラに過ぎなかった矢吹丈が、しゃべらせるとやけに饒舌で語彙が豊富なのが面白かった。
「ボクシングをやっていくための不文律」なんていう難しい言葉をいつ覚えたのか。
彼の落ち着きある態度から繰り出されるその言葉の数々が、僕には妙に引っ掛かり、リング上での野生的でタフな姿とのコントラストも相まって、それがまた間違いなく矢吹丈の魅力の一つだったと思わせるのである。