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ウイスキーは本に似ている 4 丸い星空の夜

    お酒を飲まない人が居る。または飲むことができない人が居る。僕にはわからない。彼らはずっと、正気で生きているということだろうか。それはなんと恐ろしいことだろう。その苦味も、痺れも、恍惚も、せりあがる何かも、知らない儘で。遠ざけた儘で。世界が何もかも彼方に遠のいていく、それを味わわないで。ずっと世界と向き合って、正気の儘、生きているなんて。そうして思い出すのは遠い昔のこと。お酒なんてなくても生きていられた頃のこと。僕の一番大切な記憶。

    僕はね、初めて丸い空を見たんだ、

    誰もいない校庭で、貴方と二人で、手を繋いで。冬の日の21時。全ての星を目に収めようと、仰け反る僕を貴方は優しく笑ったね。覚えていますか。空気の冷たさに僕らの存在ごとどんどん澄んでいって、思い出すのはいつも一番大切な記憶。月が本当に空に浮いているのかを初めて疑った夜。空は半球に見えた。誰かが穿った小さな穴から漏れる光に見えた。貴方に伝えたいと思った。今でも僕は思い出す。僕は毎日夢を見る。お酒とか、夢とか、そういうことで紛らわせて、どうしようもない、もう戻れない時を進んでいく。今でもずっと、僕が帰るのはあの夜の丸い空。世界と向き合う正気を疑ったことも無かった頃の僕等。

    そして僕は気づいたんだ。

    高校三年の冬、21時の校舎。貴方は僕の手を引いて。校庭の真ん中へ二人歩いた。逃げたんだ。僕を、逃がしてくれた。そうして真上を見上げると。僕等は半球状の夜空の中に居た。どれ程首を反らしても、視界に星は収まらず。仰け反る僕を貴方は笑った。しんと冷たい空気と、何の音もしない空。その頃の僕等には、行くべき場所は何処にも無くて。貴方が居る場所の嬉しさだけが、変えようのない真実だった。忘れられない時に為ると、心の何処かで思った。

    そうしたら。あの時の星空はどうやら僕の心に焼き付いて。あの時の僕等はどうやらぎゅっと縮んで、スノードームのように小さく、輝く球体に成って、僕の中に沈んで残った。その頃にはもう汚くって、擦り切れていた僕だけど、貴方と居てからは、そんなことは忘れていて、そのくらいあの時の校庭の空気が、星が、今でも時々光っている。凍りついたあの瞬間のスノードームは、8年、15年経った今も。貴方が、消えた今でも。また会って、お互いに思い出を汚しあって、また、別れて。それでも。溶けないで、ずっと残っている。

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    修羅

     
     
    散文。 この13年程書き溜めていたものをサルベージして。 またすり抜けていってしまう瞬間をなんとか繋ぎ止めるために。

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